$\def\bm#1{{\boldsymbol{#1}}}$
$\def\rmd#1{\mathrm{d}{#1}}$
$\def\Braket#1{\langle{#1}\rangle}$
$\def\Bra#1{\langle{#1}|}$
$\def\Ket#1{|{#1}\rangle}$
$\def\kb{k_{\text{B}}}$
$\def\dag{\dagger}$
弦理論入門08
量子力学における摂動論と弦理論における摂動論
量子力学では、摂動論は問題が「完全に解ける理想的な状態」(基準状態)を少しだけ修正した場合に、どのようにエネルギーや波動関数が変化するかを計算することに利用されてきた。例えば、電子が原子核の周りを運動する場合、理想的なポテンシャル(例えば球対称なポテンシャル)があると、その状態は完全に解ける。しかし、外部電場や他の影響があると、電子のエネルギー準位や運動が微妙に変化する。摂動論では、この変化を小さな「摂動」として扱い、元の解を基にして補正を計算する。
一方で、弦理論では、粒子を「点」ではなく「振動する弦」として扱う。この弦の運動や相互作用を記述する際にも摂動論が用いられる。弦の摂動論では弦が相互作用し合う状況を、弦が孤立して振動している単純な状況(基準状態)に基づいて計算する。摂動論は、弦同士の相互作用(たとえば、弦が分裂したり結合したりする過程)を「摂動」として扱う。このとき、弦の相互作用の「強さ」を示すパラメータ(カップリング定数)が小さい場合、摂動論を用いてその効果を段階的に計算できる。
弦の摂動論
これまで、我々は相互作用のない弦とそれらの異なる質量状態について議論してきた。ここでは、弦同士の相互作用について議論しよう。弦と弦の間の結合定数は小さいと仮定すると、場の量子論で導入したようなFeynman ダイアグラムを用いた摂動展開の方法を弦理論でも自然に使うことが出来る。
これまで、閉弦の場合は世界面を円柱のトポロジーと、開弦の場合は世界面を細長いひものトポロジーとして考えてきた。弦の相互作用を記述するためには、更なる世界面のトポロジーを入れる必要がある。例えば、閉弦の分裂と結合を考えたければ、ハンドルが世界面に加えられる必要がある。$1$つの閉弦が$2$つの閉弦に崩壊する例は図の左側の通りである。
弦の摂動展開において、最低次と第$1$次は相互作用の頂点に寄与する。左から右へ動くときダイアグラムは弦の分裂とみなすことが出来て、右から左へ動くときダイアグラムは弦の結合とみなすことが出来る。
経路積分のアプローチはここでも大変有用で、我々は弦の始めと終わりの形状を、繋ぐ異なる世界面のトポロジーを作用の指数関数を含む重みをつけて足し上げる必要がある。閉弦の場合はこの足し上げに境界のない$2$次元の向きづけられた面が全て含まれているのに対して、開弦の場合は境界が含まれなければならない。いずれの場合も、世界面はそれらのトポロジー、特に表面のハンドルの数に対応した種数$g$で特徴づけられる。全ての世界面$\Sigma$の経路積分は種数$g$の足し上げと種数$g$を用いた世界面$\Sigma_g$の積分に分解出来て、Euclid 空間へのWick 回転をした後は、以下の形の分配関数を生じる。
\begin{equation}
Z = \int _ { \Sigma } \mathcal { D } X ^ { M } \mathcal { D } h _ { \alpha \beta } e ^ { – \mathcal { S } _ { \mathrm { P } } ^ { \prime } } = \sum _ { g = 0 } ^ { \infty } \int _ { \Sigma _ { \mathrm { g } } } \mathcal { D } X ^ { M } \mathcal { D } h _ { \alpha \beta } e ^ { – \mathcal { S } _ { \mathrm { P } } ^ { \prime } }
\end{equation}
有効的な作用は以下で与えられる。
\begin{equation}
\mathcal { S } _ { \mathrm { P } } ^ { \prime } = \mathcal { S } _ { \mathrm { P } } – \lambda \chi , \quad \chi = \frac { 1 } { 4 \pi } \int _ { \Sigma } \mathrm { d } ^ { 2 } \sigma \sqrt { h } R _ { ( h ) }
\end{equation}
ここで、$\mathcal{S}_{\mathrm{P}}$はPolyakov 作用であり、$R_{(h)}$は世界面計量$h_{\alpha\beta}$のRicci スカラーである。$\chi$はEuler 数であるため、$\chi$は運動方程式に寄与しないトポロジカルな項であるということは重要である。Euler 数は世界面$\Sigma_g$の種数と$\chi=2-2g$という関係がある。結局、分配関数は
\begin{equation}
Z = \sum _ { g = 0 } ^ { \infty } e ^ { – \lambda ( 2 – 2 g ) } \int _ { \Sigma _ { g } } \mathcal { D } X ^ { M } \mathcal { D } h _ { \alpha \beta } e ^ { – \mathcal { S } _ { P } }
\end{equation}
と書き直すことが出来る。このあらわし方では、$\mathrm{e}^{-\lambda(2-2g)}$の因子はトポロジーによって異なる重みを与える。任意の世界面にハンドルを加えると、Euler 数は$2$下がる。図のように、ハンドルを加えることによる描写は閉弦の放出や吸収に対応している。閉弦の結合は$g_{\mathrm{closed}}=\mathrm{e}^\lambda$によって特徴づけられる。開弦の場合も類推的に$g^2_{\mathrm{open}}=\mathrm{e}^\lambda$と書けて、
\begin{equation}
g _ { \mathrm { s } } \equiv g _ { \mathrm { closed } } = g _ { \mathrm { open } } ^ { 2 } = e ^ { \lambda }
\end{equation}
となる。後で、弦の結合はディラトン場の真空期待値によって固定されるということを見る。
世界面の足し合わせの考え方は単純だが、この展開を実際に定義して実演することは難しい。単純化は弦の源泉が無限大になるような極限を取ることによって得られる。これはオンシェルで特徴づけられた入ってくる弦と出ていく弦の$S$行列要素に対応している。共形変換を用いると、対応する世界面は$n$個の点が除去されたコンパクト面に変換される。点や穴は外部の弦の状態に対応している。経路積分のアプローチでは、散乱振幅は$n$個の穴の足し上げと外部の弦の状態に対応する波動関数の穴での積分によって得られる。世界面上ではこれらの外部の弦の状態は頂点演算子によって表現される。