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ハミルトニアンの時間依存性
量子力学において、ハミルトニアンは系のエネルギーを記述する中心的な役割を果たします。特に、時間に依存するハミルトニアン($H(t)$)を扱うことは、時間発展や相互作用を考える上で重要です。ここでは、時間依存ハミルトニアンの一般的な理論とそこから導かれる性質について、基本的な数式を用いながら説明します。
時間依存するシュレディンガー方程式
量子力学の時間発展はシュレディンガー方程式に従います。時間依存ハミルトニアンの場合、この方程式は次のように書かれます。
\begin{equation}
i \hbar \frac{\partial}{\partial t} |\psi(t)\rangle = H(t) |\psi(t)\rangle,
\end{equation}
ここで、$|\psi(t)\rangle$は時間$t$における状態ベクトル、$H(t)$は時間依存ハミルトニアンを表します。ハミルトニアン$H(t)$が時間に明示的に依存する場合、この方程式は一般に解析的に解くのが困難です。
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時間発展演算子
時間依存ハミルトニアンの下で状態の時間発展を記述するために、時間発展演算子$U(t, t_0)$を導入します。この演算子は、初期状態$|\psi(t_0)\rangle$を時間$t$における状態$|\psi(t)\rangle$に変換します。
\begin{equation}
|\psi(t)\rangle = U(t, t_0) |\psi(t_0)\rangle.
\end{equation}
$U(t, t_0)$は次の関係式を満たします。
\begin{equation}
i \hbar \frac{\partial}{\partial t} U(t, t_0) = H(t) U(t, t_0), \quad U(t_0, t_0) = I,
\end{equation}
ここで、$I$は単位演算子です。この方程式を解くことにより、時間発展演算子の形を求めることができます。
ダイソン級数
時間発展演算子は、ハミルトニアンが時間と共に変化する場合、一般に次の形式で表されます。
\begin{equation}
U(t, t_0) = \mathcal{T} \exp\left(-\frac{i}{\hbar} \int_{t_0}^t H(t’) dt’\right),
\end{equation}
ここで、$\mathcal{T}$は時間順序演算子を表します。この式は一般に展開して扱われ、次のようなダイソン級数として書かれます。
\begin{align}
U(t, t_0) = & I – \frac{i}{\hbar} \int_{t_0}^t H(t_1) dt_1 \\
& + \left(-\frac{i}{\hbar}\right)^2 \int_{t_0}^t dt_1 \int_{t_0}^{t_1} H(t_1) H(t_2) dt_2 + \dots
\end{align}
この展開を用いることで、複雑なハミルトニアンの時間発展を近似的に扱うことが可能です。
可解な場合の例
時間依存ハミルトニアンを持つ系の解析解が得られる特別な場合も存在します。以下にいくつかの例を挙げます。
時間に比例するハミルトニアン
$H(t) = H_0 + \lambda t$という形式を考えます。ここで、$H_0$は時間に依存しない部分、$\lambda$は時間依存する部分の係数です。この場合、時間発展演算子はしばしばアドホックな方法で解析解が求められます。
短時間近似
$H(t)$が短い時間範囲でほぼ一定であると仮定すると、ハミルトニアンを一定値$H(t) \approx H(t_0)$として近似できます。この場合、時間発展演算子は簡単に計算できます。
\begin{equation}
U(t, t_0) \approx \exp\left(-\frac{i}{\hbar} H(t_0) (t – t_0)\right).
\end{equation}
この近似は、短時間スケールでの時間発展を理解するのに役立ちます。
時間依存摂動論
ハミルトニアンが次のように分解できる場合を考えます。
\begin{equation}
H(t) = H_0 + V(t),
\end{equation}
ここで、$H_0$は時間に依存しない部分、$V(t)$は小さな時間依存摂動を表します。この場合、摂動論を用いて状態や物理量の時間発展を近似的に計算できます。
1次の摂動論
初期状態を$|\psi(0)\rangle = |n\rangle$($H_0 |n\rangle = E_n |n\rangle$を満たす固有状態)とすると、摂動論に基づく状態の時間発展は次のように書けます。
\begin{align}
|\psi(t)\rangle = & e^{-\frac{i}{\hbar} E_n t} |n\rangle \\
& – \frac{i}{\hbar} \int_0^t e^{-\frac{i}{\hbar} H_0 (t – t’)} V(t’) |n\rangle dt’ + \dots
\end{align}
この式は、時間依存摂動の効果を計算する基本式となります。
断熱近似
時間依存ハミルトニアンの特殊なケースとして、断熱条件を満たす場合を考えます。断熱近似は、ハミルトニアンの変化が十分にゆっくりである場合に適用され、次のような結果を導きます。
1) 系は常にその瞬間のハミルトニアンの固有状態に留まる。
2) 固有状態は、動的位相因子と幾何学的位相因子(ベリー位相)を持つ。
ハミルトニアンの固有状態を$H(t) |n(t)\rangle = E_n(t) |n(t)\rangle$とすると、状態の時間発展は次のように与えられます。
\begin{equation}
|\psi(t)\rangle \approx e^{-\frac{i}{\hbar} \int_0^t E_n(t’) dt’} e^{i \gamma_n(t)} |n(t)\rangle,
\end{equation}
ここで、$\gamma_n(t)$はベリー位相を表します。
今回のまとめ
時間依存ハミルトニアンの理論は、量子力学の広範な応用において不可欠な役割を果たします。時間発展演算子の構築や摂動論、断熱近似などの手法を用いることで、複雑な時間依存問題を解決できます。これらの方法は、量子情報科学、原子物理学、固体物理学など、多くの分野で応用されています。






