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ヒルベルト空間2
前回に引き続き、ヒルベルト空間を扱います。今回は、前回の復習から始めて量子力学への応用を考えるのがゴールです。
ヒルベルト空間の復習
量子力学では、物理系の状態を表現する数学的枠組みとしてヒルベルト空間が用いられます。ヒルベルト空間とは、内積が定義された完備なベクトル空間であり、無限次元のケースにも対応可能です。この空間の特性により、量子力学の数学的基盤が確立されます。
ヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ の要素は状態ベクトル(通常は $|\psi\rangle$ と表記)として扱われます。これにより、状態の重ね合わせや測定の確率解釈が可能になります。内積 $\langle\phi|\psi\rangle$ は二つの状態ベクトル間の重なり(確率振幅)を表します。
固有値問題の基本
量子力学における観測量はエルミート作用素(自己随伴作用素)として表されます。エルミート作用素 $\hat{A}$ は、次の条件を満たします。
\[
\langle\phi|\hat{A}\psi\rangle = \langle\hat{A}\phi|\psi\rangle \quad \text{for all } |\phi\rangle, |\psi\rangle \in \mathcal{H}.
\]
この性質により、観測量の固有値は実数であり、物理的に測定可能な量として解釈されます。固有値問題とは、次の形式の方程式を解くことです。
\[
\hat{A}|\psi\rangle = a|\psi\rangle,
\]
ここで、$a$ は固有値、$|\psi\rangle$ は対応する固有状態です。
具体例
位置演算子 $\hat{x}$
位置演算子 $\hat{x}$ の固有値問題は次の形を取ります。
\[
\hat{x}|x\rangle = x|x\rangle,
\]
ここで、$x$ は位置の固有値であり、$|x\rangle$ は位置固有状態です。
運動量演算子 $\hat{p}$
運動量演算子 $\hat{p} = -i\hbar\frac{\partial}{\partial x}$ の固有値問題は次のようになります。
\[
\hat{p}|p\rangle = p|p\rangle,
\]
ここで、$p$ は運動量の固有値であり、固有状態 $|p\rangle$ は次のように表されます。
\[
\langle x|p\rangle = \frac{1}{\sqrt{2\pi\hbar}}e^{i px/\hbar}.
\]
シュレーディンガー方程式と固有値問題
時間独立シュレーディンガー方程式は、量子力学における固有値問題の具体例です。
\[
\hat{H}|\psi\rangle = E|\psi\rangle,
\]
ここで、$\hat{H}$ はハミルトニアン(エネルギー演算子)、$E$ はエネルギー固有値、$|\psi\rangle$ は対応する固有状態です。
1次元でのハミルトニアンは通常、次の形式を取ります。
\[
\hat{H} = -\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2} + V(x),
\]
ここで、$V(x)$ は位置に依存するポテンシャルエネルギーです。
例題:調和振動子
量子調和振動子のハミルトニアンは次のように与えられます。
\[
\hat{H} = -\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2} + \frac{1}{2}m\omega^2 x^2.
\]
固有値問題を解くと、エネルギー固有値は次のようになります。
\[
E_n = \hbar\omega\left(n + \frac{1}{2}\right), \quad n = 0, 1, 2, \dots
\]
対応する固有状態はエルミート多項式を用いて表されます。
固有値問題の解法
ヒルベルト空間での固有値問題を解く方法には以下のようなものがあります。
行列表示: 有限次元ヒルベルト空間では、作用素を行列として表し、行列の固有値と固有ベクトルを計算します。
微分方程式: 無限次元の場合、固有値問題は通常微分方程式の形を取り、解析的または数値的手法で解きます。
スペクトル理論: エルミート作用素のスペクトル理論を用いて、固有値とスペクトルの一般的性質を調べます。
今回のまとめ
ヒルベルト空間論は量子力学における固有値問題の理論的基盤を提供します。エルミート作用素の固有値と固有状態は、観測量の測定可能な値とそれに対応する量子状態を表し、物理的意味を持ちます。シュレーディンガー方程式や調和振動子などの具体例を通じて、固有値問題の重要性と解法の多様性が明らかになります。






