ハイゼンベルクの行列力学1
ハイゼンベルクの行列力学は、量子力学の初期の理論形式の1つであり、1925年にヴェルナー・ハイゼンベルクによって提案されました。この理論では、物理系の状態や物理量を行列で表現します。シュレーディンガーの波動力学と異なるアプローチですが、両者は等価であり、同じ物理的予測を与えます。
以下では、行列力学の基本概念と数式を詳しく解説します。
古典力学との比較
古典力学では、物理系の状態は位置 q(t) と運動量 p(t) という実数値関数で記述されます。また、物理量 A は、これらの関数を用いて A=A(q,p,t) の形で表されます。
古典力学の時間発展はハミルトンの方程式に従います。
dqdt=∂H∂p,dpdt=−∂H∂q,
ここで H はハミルトニアン(系の全エネルギー)です。
行列力学の基本概念
行列力学では、物理系の状態や物理量を「行列」で表現します。時間依存性を考慮した量子状態や物理量は以下のように扱われます。
観測量(物理量):位置 ˆq や運動量 ˆp は、エルミート行列として表現されます。
時間発展:観測量は時間依存の行列 ˆA(t) として記述され、その時間変化は「ハイゼンベルクの運動方程式」に従います。
ハイゼンベルクの運動方程式
行列力学では、物理量の時間変化を次の方程式で記述します。
dˆAdt=iℏ[ˆH,ˆA]+(∂ˆA∂t)明示的時間依存性,
ここで、ˆH はハミルトニアン(エネルギー演算子)、[ˆH,ˆA]=ˆHˆA–ˆAˆH は交換子、i は虚数単位、ℏ は換算プランク定数です。
観測量の時間発展は、この式を解くことで求められます。
交換関係
量子力学の基本原理の1つは、位置 ˆq と運動量 ˆp の間に以下の交換関係が成り立つことです。
[ˆq,ˆp]=ˆqˆp–ˆpˆq=iℏ.
この式は、古典力学におけるポアソン括弧の量子力学的対応物と考えられます。
ハミルトニアンの例
例えば、質量 m の1次元調和振動子のハミルトニアンは次のように表されます。
ˆH=ˆp22m+12mω2ˆq2,
ここで ω は振動の角振動数です。
この場合、位置 ˆq と運動量 ˆp の時間変化をハイゼンベルクの運動方程式を用いて計算できます。
エネルギー固有状態と行列の具体的な表現
行列力学では、エネルギー固有状態を基底とする「行列表示」を用います。例えば、ハミルトニアンの固有状態 |n⟩(エネルギー固有状態)に対して、位置演算子 ˆq の行列表現は次のようになります。
⟨m|ˆq|n⟩=qmn,
ここで qmn は行列要素です。
具体例:調和振動子
1次元調和振動子のハミルトニアンにおけるエネルギー固有状態 |n⟩ は以下のエネルギーを持ちます。
En=ℏω(n+12),n=0,1,2,…
位置演算子 ˆq の行列表現は、対角成分がゼロで隣接する状態を結ぶ非ゼロ要素を持つ疎行列となります。
今回のまとめ
ハイゼンベルクの行列力学は、量子力学の抽象的な形式として重要な位置を占めています。その核心は、物理量を行列として扱い、交換関係やハイゼンベルクの運動方程式を通じて系の時間発展を記述する点にあります。
シュレーディンガーの波動力学との違いは、主に記述形式にありますが、両者は本質的に同じ物理理論を表現しています。