磁場中の荷電粒子3
今回は量子力学におけるアハラノフ・ボーム効果を解説します。
概要
アハラノフ・ボーム効果は、電磁ポテンシャル(スカラー・ポテンシャル ϕ とベクトル・ポテンシャル A)が量子力学において物理的影響を持つことを示す現象です。この効果は、磁場や電場が粒子の存在領域でゼロであっても、電磁ポテンシャルが粒子の波動関数に干渉パターンを通じて観測可能な影響を与えることを示しています。
この現象は、場そのものが物理的な影響を持つと考えられる古典電磁気学と対照的であり、量子力学に特有の特徴とされています。
ラグランジアンの復習
荷電粒子のラグランジアン
電磁場中を運動する質量 m、電荷 q を持つ粒子のラグランジアンは以下のように表されます。
L=12mv2+q(v⋅A–ϕ)
ここでv=˙r は粒子の速度、A はベクトルポテンシャル、ϕ はスカラーポテンシャルです。
このラグランジアンから、ハミルトニアン H を導出すると、
H=12m(p–qA)2+qϕ
となります。
電磁場との関係
電磁場 E と B は、ポテンシャル ϕ と A によって次のように定義されます。
E=−∇ϕ–∂A∂t,B=∇×A
ここで重要なのは、ポテンシャル ϕ および A 自体は場 E や B によって一意的に決定されない点です。ゲージ変換により、異なるポテンシャルでも同じ場を記述することができます。
量子力学とポテンシャル
量子力学では、粒子の状態は波動関数 ψ(r,t) によって記述され、シュレーディンガー方程式を満たします。電磁場中でのシュレーディンガー方程式は次の形になります。
iℏ∂ψ∂t=[12m(−iℏ∇–qA)2+qϕ]ψ
ここで、運動量演算子 −iℏ∇ がベクトルポテンシャル A の影響を受けている点が重要です。
波動関数 ψ の位相は次のようなゲージ変換に対して変化します。
ψ→ψ′=ψexp(iqχℏ)
ただし、ゲージ変換によってポテンシャルは次のように変化します。
A→A′=A+∇χ,ϕ→ϕ′=ϕ–∂χ∂t
このように、ポテンシャルの選び方は物理的に観測可能な量に直接影響しないと考えられます。
アハラノフ・ボーム効果の設定
アハラノフ・ボーム効果を観測するための典型的な実験設定を考えます。
1) 長いソレノイドの周囲に電子ビームを通過させる。
2) ソレノイドの内部には強い磁場が存在するが、外部の磁場 B はゼロ。
3) ソレノイドの外部に電子が干渉するパターンを観測する。
この状況では、ソレノイドの外側では磁場がゼロであるにもかかわらず、ベクトルポテンシャル A は非ゼロです。具体的には、ソレノイド外部でのベクトルポテンシャルは次のように与えられます。
A=ΦB2πrˆθ
ここで、ΦB はソレノイドを貫く磁束であり、ˆθ は周方向の単位ベクトルです。
干渉パターンの位相シフトの導出
ソレノイドの両側を通る電子ビームの波動関数を考えます。経路1と経路2を通る波動関数の位相の差 Δφ は次のように計算されます。
Δφ=qℏ∮A⋅dl
ストークスの定理を用いると、
∮A⋅dl=∫(∇×A)⋅dS=∫B⋅dS=ΦB
したがって、位相差は次のようになります。
Δφ=qΦBℏ
今回のまとめ
アハラノフ・ボーム効果は、粒子が磁場が存在しない領域を移動していても、ベクトルポテンシャルが粒子の波動関数に影響を与えることを示しています。この効果は、電磁ポテンシャルが量子力学的に実際の物理的意義を持つことを示し、量子力学におけるポテンシャルの本質的な役割を強調しています。
この現象は、古典的な場の概念を超えた量子力学の独自性を際立たせるものであり、電磁ポテンシャルを直接観測可能な物理量と考えるきっかけとなっています。