磁場中の荷電粒子5
今回はベリー位相の基礎についてお話しします。
ベリー位相とは
量子力学において、ベリー位相(Berry phase)は、量子系のハミルトニアンが時間的に変化するときに現れる幾何学的な位相です。この位相は、量子的な状態の変化が閉じた経路をたどる場合に現れるもので、動力学的位相(dynamical phase)とは異なる性質を持ちます。
ベリー位相は、1984年にマイケル・ベリーによって提唱されました。彼の研究では、量子状態が時間とともにゆっくりと変化(断熱的変化)する場合に着目し、状態が閉じた経路を一周する際に生じる位相シフトが幾何学的性質によるものであることを示しました。
基本的な数学的定式化
量子系の状態を |ψ(t)⟩ とし、時間依存のハミルトニアン H(t) の固有状態 |n(t)⟩ に対応しているとします。このとき、固有値方程式は次のように表されます。
H(t)|n(t)⟩=En(t)|n(t)⟩,
ここで En(t) は固有エネルギーです。
断熱近似の条件下で、初期状態が固有状態 |n(0)⟩ にある場合、時間発展した状態は次のように表されます。
|ψ(t)⟩=eiγn(t)e−i∫t0En(t′)dt′|n(t)⟩.
この式の中で、e−i∫t0En(t′)dt′ は動力学的位相を表し、eiγn(t) がベリー位相を含む幾何学的位相です。
ベリー位相 γn(t) は次のように定義されます。
γn=i∮C⟨n(t)|∂∂t|n(t)⟩dt,
ここで C は状態がたどる閉じた経路です。
この式は、さらにハミルトニアンが時間ではなくパラメータ R に依存している場合にも一般化されます。この場合、
γn=i∮C⟨n(R)|∇R|n(R)⟩⋅dR
と書き換えられます。
この式の中のベクトル場 An(R)=i⟨n(R)|∇R|n(R)⟩ は「ベリー接続」と呼ばれ、閉じた経路に沿った積分から得られるベリー位相は、An の線積分として計算されます。
ベリー位相の幾何学的特徴
ベリー曲率
ベリー接続 An(R) に対して、その回転を取ると、ベリー曲率 Fn(R) が得られます。
Fn(R)=∇R×An(R).
ベリー曲率は、位相がどのように空間に分布しているかを記述する量です。ベリー位相は、このベリー曲率を閉じた曲面 S 上で面積分することによっても計算できます。
γn=∫SFn(R)⋅dS.
トポロジーとの関係
ベリー位相はトポロジカルな性質を持つ場合があります。例えば、閉じた曲面上でのベリー曲率の積分は、整数値(チャーン数)を与えることがあります。この性質は、トポロジカル絶縁体や量子ホール効果などの現象で重要な役割を果たします。
量子ホール効果
ベリー位相は、量子ホール効果の説明において中心的な役割を果たします。
量子ホール効果では、電子が強磁場下で2次元平面内を運動します。この系において、ベリー曲率はブラベー格子内のブリルアンゾーン(第一ブリルアンゾーン)上で定義されます。トポロジカルに非自明な状態では、ベリー曲率の面積分であるチャーン数 C が非ゼロとなります。
C=12π∫BZFn(k)d2k,
ここで Fn(k) はベリー曲率であり、k は波数ベクトルです。
このチャーン数は、伝導量子化の理由を説明します。伝導度 σxy はチャーン数に比例します。
σxy=e2hC.
トポロジカル絶縁体
トポロジカル絶縁体は、内部が絶縁体であるにもかかわらず、その表面に伝導状態を持つ特殊な物質です。この性質は、ベリー位相によるバンド構造のトポロジーに由来します。
スピン軌道相互作用が強い系では、時間反転対称性によりベリー位相が保護されます。この場合、ベリー曲率はブリルアンゾーン全体に対して非対称的な分布を持ち、スピンホール効果のような現象が現れます。
トポロジカル絶縁体の分類には、Z2 トポロジカル不変量が用いられます。ベリー接続と関連する計算により、この不変量を決定できます。
他の応用例
スピンホール効果ではスピン流を生成する現象であり、ベリー曲率が重要な役割を果たします。
モアレ超格子ではベリー位相の理論は、2層グラフェンのようなモアレ超格子系の電子物性を記述する際にも用いられます。
今回のまとめ
ベリー位相は、量子力学における幾何学的性質とトポロジーの橋渡しをする基本概念であり、物性物理学のさまざまな現象を理解する上で重要です。量子ホール効果やトポロジカル絶縁体などの現象を説明する際に、この概念が中心的な役割を果たすことが示されました。