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量子力学から場の量子論へ
場の量子論 (Quantum Field Theory, QFT) は、量子力学の枠組みを拡張し、場を量子化することで、素粒子物理学や物性物理学の多くの現象を記述します。ここでは、まず量子力学の正準量子化の基本を復習し、調和振動子と生成・消滅演算子の扱いについて振り返ります。その後、第二量子化を導入し、それが現代物理学でどのように応用されるかを数式を用いて簡単に解説します。
正準量子化の復習
量子力学では、物理量は通常の数ではなく演算子として表されます。正準量子化では、座標 $x$ と運動量 $p$ の間に次の交換関係を課します。
\[
[x, p] = i\hbar
\]
ここで、$\hbar$ はプランク定数の簡略表記で、交換関係が量子性を反映しています。
調和振動子のハミルトニアン
調和振動子のハミルトニアンは以下のように与えられます。
\[
H = \frac{p^2}{2m} + \frac{1}{2}m\omega^2 x^2
\]
ここで、$m$ は質量、$\omega$ は角振動数です。このハミルトニアンを用いて、エネルギー固有状態とその固有値を導きます。
生成・消滅演算子の導入
調和振動子の問題を簡単に扱うために、生成演算子 $a^\dagger$ と消滅演算子 $a$ を導入します。これらは次のように定義されます。
\[
a = \sqrt{\frac{m\omega}{2\hbar}}\left(x + \frac{i}{m\omega}p\right), \quad a^\dagger = \sqrt{\frac{m\omega}{2\hbar}}\left(x – \frac{i}{m\omega}p\right)
\]
生成・消滅演算子を用いると、ハミルトニアンは次の形に書き換えられます。
\[
H = \hbar\omega\left(a^\dagger a + \frac{1}{2}\right)
\]
ここで、演算子 $N = a^\dagger a$ を粒子数演算子と呼びます。この形により、調和振動子のエネルギー固有値が簡単に得られます。
交換関係
生成・消滅演算子は次の交換関係を満たします。
\[
[a, a^\dagger] = 1
\]
これにより、基底状態から励起状態への遷移が明確に記述されます。
第二量子化の導入
第二量子化は、単一粒子の量子力学を多粒子系に拡張するための手法です。この方法では、粒子の状態を記述する波動関数ではなく、場の演算子 $\psi(x)$ を用いて物理系を記述します。
場の演算子
場の演算子 $\psi(x)$ およびその随伴演算子 $\psi^\dagger(x)$ は、それぞれ粒子の消滅と生成を記述します。これらの演算子には次のような交換関係が課されます。
ボース粒子の場合(交換関係を満たす粒子):
\[
[\psi(x), \psi^\dagger(x’)] = \delta(x – x’), \quad [\psi(x), \psi(x’)] = [\psi^\dagger(x), \psi^\dagger(x’)] = 0
\]
フェルミ粒子の場合(反交換関係を満たす粒子):
\[
\{\psi(x), \psi^\dagger(x’)\} = \delta(x – x’), \quad \{\psi(x), \psi(x’)\} = \{\psi^\dagger(x), \psi^\dagger(x’)\} = 0
\]
ここで、$\delta(x – x’)$ はディラックのデルタ関数です。これにより、ボース粒子とフェルミ粒子の統計的性質が反映されます。
ハミルトニアンの表記
第二量子化では、ハミルトニアンを場の演算子を用いて記述します。単一粒子の運動と相互作用を含む一般的な形は次の通りです。
\[
H = \int dx \psi^\dagger(x) \left(-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 + V(x)\right) \psi(x) + \frac{1}{2} \int dx dx’ \psi^\dagger(x) \psi^\dagger(x’) U(x, x’) \psi(x’) \psi(x)
\]
ここで、$U(x, x’)$ は粒子間の相互作用を記述するポテンシャルです。この形式により、複数の粒子が存在する系において粒子の生成と消滅を統一的に扱うことができます。
第二量子化の応用
第二量子化は、現代物理学のさまざまな分野で広く応用されています。その中でも、素粒子物理学と物性物理学への応用が特に重要です。
素粒子物理学への応用
場の量子論は、素粒子物理学における標準模型の基礎を形成します。例えば、電磁場を量子化することによって光子が記述され、ディラック方程式を場の演算子として扱うことでフェルミ粒子 (例えば電子) が記述されます。
さらに、場の演算子を用いることで、粒子の生成・消滅が自然に表現されます。例えば、量子電磁力学 (QED) では、光子場と電子場の相互作用が次のラグランジアン密度で記述されます。
\[
\mathcal{L} = \bar{\psi}(i\gamma^\mu D_\mu – m)\psi – \frac{1}{4}F^{\mu\nu}F_{\mu\nu}
\]
ここで、$\psi$ は電子場、$F^{\mu\nu}$ は電磁場のテンソル、$D_\mu$ は共変微分を表します。このようにして、電磁相互作用を量子論的に記述することが可能となります。
物性物理学への応用
物性物理学では、電子、フォノン、スピンなどの多体系を記述するために第二量子化が用いられます。代表的な応用例として、以下のモデルが挙げられます。
ハバードモデル: 電子間の相互作用を考慮した多体問題を記述します。
\[
H = -t \sum_{\langle i,j \rangle, \sigma} c^\dagger_{i\sigma} c_{j\sigma} + U \sum_i n_{i\uparrow} n_{i\downarrow}
\]
ここで、$t$ はサイト間のホッピング強度、$U$ はオンサイトでの電子間相互作用を表します。$c^\dagger_{i\sigma}$ と $c_{i\sigma}$ はそれぞれ電子の生成・消滅演算子を表し、$n_{i\sigma} = c^\dagger_{i\sigma} c_{i\sigma}$ は粒子数演算子です。
ボース・アインシュタイン凝縮: ボース粒子が低温で凝縮する現象を記述します。場の演算子 $\psi(x)$ を用いて、ボース・アインシュタイン凝縮の相転移や集団運動を解析できます。
フォノンの量子化: 固体中の格子振動を量子化し、フォノンとして記述します。これにより、熱伝導や超伝導などの現象を解析できます。
今回のまとめ
場の量子論への発展は、量子力学の正準量子化から始まり、調和振動子の生成・消滅演算子の導入を経て、第二量子化に至ります。第二量子化は、多粒子系の量子論的記述を可能にし、現代物理学の基盤を形成しています。この手法は素粒子物理学や物性物理学の幅広い分野で応用され、多くの現象を統一的に理解するための重要な枠組みを提供します。特に、粒子の生成・消滅や多体系の相互作用を効率的に記述する能力が、物理学の進展に大きく寄与しています。






