第02講の導入
前回何故ニュートン力学が必要なのか解説を行いました。第02講と第03講では今後古典力学を勉強する準備として運動学について考えていきたいと思います。ここで言う運動学を考えるというのは「何故物体が運動するのかという原因を問う」ということはひとまず置いておいて(それは今後じっくりやっていきます!)「観察している運動を記述することに専念する」ということです。
第02講で1次元空間内すなわち直線上の運動の記述を考察し第03講では2・3次元空間内すなわち平面上や空間上の運動の記述を考察していきます。
1次元空間内の位置
高校物理でやったように物体が鉛直に上昇・落下する運動や物体が水平面内を直線的に移動する運動は1次元空間内で記述するのが最も便利です。従って質点の1次元運動を考えるところから始めましょう。
1次元空間内のある点の位置をxとしてそれが時間tとともに変化していく様子を時間の関数としてx(t)で表します。この関数を用いると例えば時刻t1のときの位置はx(t1)ですし時刻t2のときの位置であればx(t2)となります。
ここまでで少し混乱しそうになっている人がいるかもしれないので少し補足をしておきます。高校数学では関数はf(x)という書き方をしていました。つまりxが動かす変数でそれを動かすことでxの関数f(x)の様子を調べていましたね。しかし大学物理特に古典力学では時間変化を見たいわけですから動かす変数はtになります。ただ単に使う文字が変わっただけですがこの点混乱しないようにしてください。位置の関数だったらx(t)ですから「今はtを動かしてx(t)の様子を観察したいんだな!」と心の中で唱えるようにしてください。
1次元空間内の速度
次にx(t)を使って速度を定義しましょう。時刻tからt+Δtの間における質点の運動の平均速度は位置の変化x(t+Δt)−x(t)を経過した時間Δtで割った以下の量で表すことが出来ます。
x(t+Δt)−x(t)Δt
これを平均速度と言います。しかしこの量はニュートン力学をやるに当たってはあまり実用的ではありません。何故なら瞬間の運動を見ることが出来ないからです。
車の運動を考えてみましょう。例えば1時間ずっと時速60[km]で走ると平均速度は当然時速60[km]です。ですが現実の車の運転でずっと時速60[km]で運動し続けるという事はあり得ないですよね。坂道を上り下りしたりカーブを曲がったりすると速度は上がったり下がったりするわけです。つまり平均速度では1時間ずっと時速60[km]で走った車の運動と最初の30分は時速100[km]で走ってあとの30分を時速20[km]で走った車の運動を区別することが出来ないわけなんですね。
そこで瞬間の運動を見るためにΔtが無限小であるという極限を取って以下のように瞬間速度を定義します。
v(t):=limΔt→0x(t+Δt)−x(t)Δt
ここでA:=BはAをBと定義するという意味です。今後も:=はそのような意味で用いることにします。これは微分の定義そのものですからv(t)=dx(t)dtと書けますね。今後時間で微分する時は1回時間で微分するごとに文字の上にドット(˙)をつけることにします。従って今はv=˙x(t)です。
一々瞬間速度と言うのは面倒なので今後特に断りがない限り速度とは瞬間速度のことを指すことにします。
1次元空間内の加速度
さて一般に速度も時間tとともに変化していきますから速度の変化具合を表す量として加速度も同様に定義しましょう。すなわち時刻tからt+Δtの間における質点の速度変化から平均加速度を以下のように定義します。
v(t+Δt)−v(t)Δt
速度のときの同様Δtが無限小であるという極限を取って以下のように瞬間加速度を定義します。
a(t):=limΔt→0v(t+Δt)−v(t)Δt
これは先程と同様a(t)=dv(t)dt=˙v(t)=¨x(t)です。
こちらも一々瞬間加速度と言うのは面倒なので今後特に断りがない限り加速度とは瞬間加速度のことを指すことにします。
等加速度運動
さてここまでの内容を具体的な例と計算で理解してみることにしましょう。ガリレオ・ガリレイの運動実験を例に挙げることにします。
16世紀ガリレオ・ガリレイは斜面上のレールを用いてt=0のときの速度(初速度)を0にして球を転がす実験を行いました。これはt=0のときの位置(初期位置)を基準に取ると決めること併せてx(0)=0v(0)=0という条件になります。ガリレオはこの条件の下で時刻tにおける球の位置x(t)がαを定数として以下の式で表せることを結論付けました。
x(t)=α2t2
これを使って球の速度を求めると
v(t)=dx(t)dt=αt
となり球の加速度は
a(t)=dv(t)dt=α
となります。この加速度は時間に依らないすなわち常に一定の値をとるため等加速度運動と呼ばれます。
位置の関係式
初期位置x(0)と初速度v(0)が分かっていればそこから短い時間Δtが経過した後の位置x(Δt)は以下のように表せます。
x(Δt)≃x(0)+v(0)Δt
ここでA≃BはAとBが数値的に近いということを意味しています。今後も≃はそのような意味で用いることにします。
さて上の関係式は平均速度をv(0)で置き換えているわけですからΔtが微小な極限で正確に成り立ちます。このx(Δt)を用いるとさらにΔtだけ時間が経過した後の時刻t=2Δtの位置x(2Δt)は以下のように表せます。
x(2Δt)≃x(Δt)+v(Δt)Δt≃x(0)+{v(0)+v(Δt)}Δt
これをn回繰り返すと以下の関係式が導けます。
x(nΔt)≃x(0)+n−1∑i=0v(iΔt)Δt
積分の意味を思い出してみると分割区間が無限小の極限かつ分割数無限大の極限すなわちΔt→0かつn→∞の極限で総和を積分に置き換えることが出来ますので以下のように書き直すことが出来ます。
x(t)=x(0)+∫t0v(t′)dt′
この式は時刻tでの位置x(t)は初期位置x(0)に過去の速度を足し合わせることで得られると解釈することが出来ます。同様に考えれば速度についても以下の式が成り立ちます。
v(t)=v(0)+∫t0a(t′)dt′
これを用いると先程の位置の関係式は以下のように書き直すことが出来ます。
x(t)=x(0)+v(0)t+∫t0{∫t′0a(t”)dt”}dt′
この式は右辺第1項が初期位置第2項が初速度のまま進んだ場合の移動距離第3項が加速度が引き起こした第2項の移動距離の修正分と解釈することが出来ます。位置速度加速度を先程のように定義することによって我々は「初期条件x(0)v(0)が分かっている質点の運動の振る舞いx(t)を知りたかったら加速度a(t)が分かればよい。」と結論付けることが出来ました。
さて今後の準備のために特に等加速度の場合について簡単に計算しておきましょう。等加速度の場合はa(t)はもはや時間tに依らないため定数αを用いてa(t)=αとすることができますからx(t)は以下のように計算できます。
x(t)=x(0)+v(0)t+∫t0{∫t′0αdt”}dt′=x(0)+v(0)t+∫t0αtdt=x(0)+v(0)t+α2t2
これはx(0)=v(0)=0とすれば当然先程のガリレイの実験での結果に一致します。
第02講のまとめ
最後に一言コメントをして第02講を終わりにしましょう。最後に計算したx(t)の式見覚えはありませんでしたか?そうこれは高校物理で習った運動の公式と同じですね。高校物理では丸暗記させられていた公式が位置速度加速度の定義から導けたわけです。大学物理(ここでは特に古典力学電磁気学熱力学を指します。)ではこのようなことが頻繁に起こります。
つまり誤解を恐れずに言ってしまえば大学物理を勉強するとは高校物理で丸暗記した公式を忘れることなのです。大学で新しく数学の手法を習いそれを用いて物理をより数学的に考察し体系化する。これこそが大学以降の物理学です。中学理科高校物理の教科書では説明に高度な数学が必要なところは説明が巧みに省略され「とりあえず知識として覚えて使えるようになりなさい。」あるいは「とりあえず公式として覚えて計算ができるようになりなさい。」というやり方が取られていました。それが教育上適切であるかどうかについては議論の余地がありますがその点についてはここでは議論をしないことにします。とにかく大学での物理学は覚えることは必要最小限にしてなるべく方程式の理解物理的解釈の理解に重きをおくようにしてください。式を理解することと式を暗記することを混同してはなりません。物理学は方程式を暗記するのではなく理解するからこそ興味深く魅力的な学問になるのです。