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第05講:実楕円積分と楕円無理関数

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実楕円積分

一般に楕円積分
\[
\int R\left\{z,\sqrt{\varphi\left(z\right)}\right\}dz
\]
において$\varphi\left(z\right)$の係数がすべて実数で、かつ積分路が$z$平面の実軸の一部または全部のとき、これを実楕円積分といいます。実際に多くの応用問題に現れる楕円積分はたいてい実楕円積分です。ところが前回の例で明らかなように、実楕円積分でもこれを標準形に直すと、母数は必ずしも実数ではなく、また$z$の積分路が実軸上にあっても$\zeta$の積分路は必ずしも実軸上には位置していません。

しかしもし実楕円積分において$\varphi\left(z\right)=0$の四つの根を適当な順序に$\alpha_0$,$\alpha_1$,$\alpha_2$,$\alpha_3$と命名し、また必要に応じて$\zeta$にある簡単な変換を行うことにすれば、$k$を常に実数にして、かつ$0\leq k^2\leq1$にすることが出来ます。そうして同時に新しい積分変数の積分路を実軸上に存在させることが出来ます。これを説明しましょう。

代数学でよく知られている通り、$\varphi\left(z\right)$の係数がすべて実数のときは$\varphi\left(z\right)=0$の根の中に実数でないものがある場合にはその個数は必ず偶数で、二つずつ互いに共役な複素数になっているはずです。よって四つの根とも実の場合と、二つの根だけ実の場合と、実根がない場合の三つに分けて論じることにします。但し、重解はないものとします。また$\varphi\left(z\right)$が三次のときは$\infty$の一根を補って総計でやはり四つの根として$\infty$は実根とみなします。
 
(i)四つの根ともに実数の場合にはこれを大きさの順に次のように命名します:
\[
\alpha_0\leq\alpha_1\leq\alpha_3\leq\alpha_2
\]
そうすると
\[
\lambda=\frac{\alpha_1-\alpha_0}{\alpha_1-\alpha_2}\frac{\alpha_3-\alpha_2}{\alpha_3-\alpha_0}\gt0
\]
従って
\[
0\leq k^2=\left(\frac{1-\sqrt{\lambda}}{1+\sqrt{\lambda}}\right)^2\leq1
\]
となることが明らかです。また$z$と$\zeta$の関係は
\[
\frac{z-\alpha_0}{z-\alpha_2}\frac{\alpha_3-\alpha_0}{\alpha_3-\alpha_2}=\sqrt{\lambda}\frac{\zeta-1}{\zeta+1}\tag{1}
\]
であり、この係数はすべて実数であるから、$z$の実数値は$\zeta$の実数値に対応することがわかります。

(ii)二つの根だけが実数の場合にはこれを$\alpha_0$及び$\alpha_2$とし、他の二つの根を$\alpha_1$及び$\alpha_3$とします。後の二つは互いに共役な複素数です。そのようなときは
\[
\left.\begin{array}{cccc}
\alpha_1-\alpha_0 & と & \alpha_3-\alpha_0 & は共役\\
\alpha_1-\alpha_2 & と & \alpha_3-\alpha_2 & は共役
\end{array}\right\}\tag{2}
\]
だから、
\[
\left|\lambda\right|=\left|\frac{\alpha_1-\alpha_0}{\alpha_1-\alpha_2}\frac{\alpha_3-\alpha_2}{\alpha_3-\alpha_0}\right|=1
\]
となります。従って$\left|\sqrt{\lambda}\right|=1$である。故に
\[
\left|\sqrt{\lambda}\right|=e^{-2i\theta} \left(\theta は実数\right)
\]
とおくことができます。そうすれば
\[
k=\frac{1-\sqrt{\lambda}}{1+\sqrt{\lambda}}=\frac{1-e^{-2i\theta}}{1+e^{-2i\theta}}=\frac{e^{i\theta}-e^{-i\theta}}{e^{i\theta}+e^{-i\theta}}=i\tan\theta
\]
ゆえに$k^2$は負の実数であると分かります。

$k=0$となることはありません。なぜなら$\lambda=1$が条件になりますが四つの$\alpha$が全て異なると考えているからこれは不可能です。加えて、$k^2=1$でないことも同様にして分かります。今後特に断らなくとも$k^2$は$0$でも$1$でもないと考えます。

さて$z$と$\zeta$の関係を考えるために、(1)を書き直して
\[
\frac{z-\alpha_0}{z-\alpha_2}\sqrt{\frac{\alpha_1-\alpha_2}{\alpha_1-\alpha_0}\frac{\alpha_3-\alpha_2}{\alpha_3-\alpha_0}}=\frac{\zeta-1}{\zeta+1}\tag{3}
\]
の形にしてみると、(2)に述べたことによって(3)の左辺の根号の中の式は正数であるから、$z$の実数値は$\zeta$の実数値に対応することがわかります。そこで
\[
\sqrt{1-k^2\zeta^2}=t
\]
とおけば$k^2\leq0$であるから、$t$もまた実数値のみをとります。そうしてこの変換によって
\[
\int\frac{d\zeta}{\sqrt{\left(1-\zeta^2\right)\left(1-k^2\zeta^2\right)}}=-\frac{1}{\sqrt{k^2-1}}\int\frac{dt}{\sqrt{\left(1-t^2\right)\left(1-h^2t^2\right)}}
\]
となり、ここに
\[
h^2=\frac{1}{1-k^2}
\]
であるからこの新たな母数については明らかに$0\leq h^2\leq1$です。(第二種及び第三種の標準形においても母数はやはりこれと同じ$h$になる。このことは次の(iii)の場合においても同様。)

(iii)四つの根ともに実数でないときは、$\alpha_0$と$\alpha_2$を一対の共役根であり、また$\alpha_1$と$\alpha_3$を他の一対の共役根とすれば
\[
\left.\begin{array}{cccc}
\alpha_1-\alpha_0 & と & \alpha_3-\alpha_2 & は共役\\
\alpha_1-\alpha_2 & と & \alpha_3-\alpha_0 & は共役
\end{array}\right\}
\]
です。よって明らかに
\[
\lambda=\frac{\alpha_1-\alpha_0}{\alpha_1-\alpha_2}\frac{\alpha_3-\alpha_2}{\alpha_3-\alpha_0}\gt0
\]
なので、
\[
0\leq k^2=\left(\frac{1-\sqrt{\lambda}}{1+\sqrt{\lambda}}\right)^2\leq1
\]
となります。また$z$と$\zeta$の関係については前の(3)を用いれば、左辺の根号の中の式の絶対値が$1$となるから
\[
\left|\frac{z-\alpha_0}{z-\alpha_2}\right|=\left|\frac{\zeta-1}{\zeta+1}\right|
\]
の関係を得ます。今$z$が実数であるとすればこの左辺は$1$に等しいので、従って
\[
\left|\zeta-1\right|=\left|\zeta+1\right|
\]
すなわち$\zeta$は数平面上において二点$1$及び$-1$から等距離にあるといえます。よって
\[
\frac{i\zeta}{\sqrt{1-\zeta^2}}=t
\]
とおけば、$t$は実数であって、この変換によって
\[
\int\frac{d\zeta}{\sqrt{\left(1-\zeta^2\right)\left(1-k^2\zeta^2\right)}}=-i\int\frac{dt}{\sqrt{\left(1-t^2\right)\left(1-h^2t^2\right)}}
\]
となります。ここで
\[
h^2=1-k^2
\]
である。ゆえに確かに$0\leq h^2\leq1$です。以上の議論により、実楕円積分を標準形に直すときは、第一種及び第二種においては常に$0\leq k^2\leq1$でかつこれをやはり実積分にすることが出来ると分かりました。第三種の場合においても$k^2$は上と同様で、また積分変数の値を実数にさせ得ることも上と同様ですが、この場合には$k$の他に「パラメーター」$a$というものがあってこれは必ずしも実数ではありません。従って第三種の標準形は必ずしも実積分にはならないことが分かります。

楕円無理関数

さて今までの議論は主として楕円積分の形式的取り扱いであっていまだ深くその本質を開明したとはいえないないでしょう。これからもう少し深く立ち入った関数論的な議論を試みてみましょう。よってまず$\varphi\left(z\right)$を$z$の四次式とし、第1講の条件を満足させるものと仮定し、一般に
\[
R\left(z,s\right)\ ,\ \ s=\sqrt{\varphi\left(z\right)}
\]
の形の二次無理関数について考えることにします。これを楕円無理関数といいます。

楕円無理関数は代数関数の極めて特別な場合であるからその性質は代数関数論でもまた一般関数論でもよく知られているが、主な結果のみを述べます。
 $\varphi\left(z\right)=0$の四つの根を$\alpha_0$、$\alpha_1$、$\alpha_2$、$\alpha_3$($\varphi\left(z\right)$が三次式のときは一つの$\alpha$を$\infty$とすることは前の通り)とすると、仮定によりこの四つの根はすべて相異なるものである。関数$R\left(z,s\right)$の分岐点は四つの点$\alpha_0$、$\alpha_1$、$\alpha_2$、$\alpha_3$であって、この関数に対応するRiemann面は次のようにして作られる。

まず2枚の複素数平面をとり、各平面上の四つの分岐点を例えば$\left(\alpha_0,\alpha_1\right)$、$\left(\alpha_2,\alpha_3\right)$のように二組に分け、線分$\alpha_0\alpha_1$と$\alpha_2\alpha_3$は交わらないものとします。そこで両平面をそれぞれこの二線分に沿って切断し、平面をもう一方の平面の真上に重ねて甲の切断線$\alpha_0\alpha_1$の両側をそれぞれの切断線$\alpha_0\alpha_1$のこれと相反する側とくっつけます。すなわち出来上がった面は線分$\alpha_0\alpha_1$の所で交差した形になります。裁断線$\alpha_2\alpha_3$についても同様のことをします。このようにして出来た面がすなわち$R\left(z,s\right)$に対するRiemann面です。以下簡単のためにこの面を$R$面と呼ぶことにします。
 

$R$面上において$R\left(z,s\right)$は一価ですが、しかし通常の一価関数に関する理論をこれに適用するためにはさらに次の規約を要します。すなわち、$R\left(z,s\right)$の正則性や特異性について考えるときはこれを直接に$z$の関数として考えずに次の(1)、(2)のような補助変数$t$の関数として考えることにします。

 (1)$R$面の分岐点以外の一点$a$においては、
\[
\begin{array}{ll}
\displaystyle a\neq\infty のときはz-a=t & とおき、\\
\displaystyle a=\infty のときは\frac{1}{z}=t & とおく
\end{array}
\]
 (2)$R$面の分岐点$\alpha$においては、
\[
\begin{array}{ll}
\displaystyle\alpha\neq\infty のときはz-\alpha=t^2 &とおき、\\
\displaystyle\alpha=\infty のときは\frac{1}{z}=t^2 &とおく
\end{array}
\]
このようにして$R\left(z,s\right)$を$t$の関数に直したときの$t=0$における性質を用いて原関数の$z=a$または$z=\alpha$における性質であるとする。
 
例えば
\[
s=\sqrt{\left(z-\alpha_0\right)\left(z-\alpha_1\right)\left(z-\alpha_2\right)\left(z-\alpha_3\right)}
\]
の$z=\alpha_0$における性質を見るために、(2)によって$z-\alpha_0=t^2$とおけば
\[
s=t\sqrt{\left(\alpha_0-\alpha_1+t^2\right)\left(\alpha_0-\alpha_2+t^2\right)\left(\alpha_0-\alpha_3+t^2\right)}
\]
となります。ゆえに$s$は分岐点$\alpha_0$において正則です。同様の理由で、$\displaystyle\frac{1}{s}$は$\alpha_0$において一位の極を有します。
 
このような規約の下に$R\left(z,s\right)$を$R$面上の一価関数として考えると、これに対してCauchyの定理が成立します。すなわち$R\left(z,s\right)$が$R$面上における有限面分の周$C$及びその内部を通じて連続でかつその内部においていたる所正則ならば、
\[
\int_{\left(C\right)}R\left(z,s\right)dz=0
\]
です。
 
次に$C$の内部に$R\left(z,s\right)$の極または無限遠点を含む場合の積分を考えるために留数というものを定義します。すなわち一点$a$を中心として円$K$を描き、$K$の周及びその内部には$a$以外に関数$R\left(z,s\right)$の極も無限遠点も存在しないとき、
\[
\frac{1}{2\pi i}\int_{\left(K\right)}R\left(z,s\right)dz
\]
の値を点$a$における関数$R\left(z,s\right)$の留数とよびます。ただしここで積分路は$K$を正の方向(中心$a$を左側に見るような方向)に完全に一周するものとします。従ってもし$a$が分岐点ならば$a$の周りを8直角だけ回転します。
 
この定義と補助変数$t$に関する規約から直ちに次のことが言えます。

一点における関数$R\left(z,s\right)$の留数は$\displaystyle R\left(z,s\right)\frac{dz}{dt}$を$t$の関数と考えたときの$t=0$における留数に等しい。例えば$a$を分岐点でない有限の一点とすれば、次のような形の展開式が成立する。
\begin{eqnarray}
R\left(z,s\right)&=&\cdots+\frac{c_{-2}}{\left(z-a\right)^2}+\frac{c_{-1}}{z-a}+c_0+c_1\left(z-a\right)+c_2\left(z-a\right)^2+\cdots\\
&=&\cdots+\frac{c_{-2}}{t^2}+\frac{c_{-1}}{t}+c_0+c_1t+c_2t^2+\cdots\\
\end{eqnarray}

ここで$c$はすべて定数です。ゆえに$R\left(z,s\right)$の$z=a$における留数は$c_{-1}$で、これは$\displaystyle R\left(z,s\right)\frac{dz}{dt}=R\left(z,s\right)$の$t=0$における留数と同一です。また$a$が有限の分岐点ならば
\begin{eqnarray}
R\left(z,s\right)&=&\cdots+\frac{c_{-2}}{z-a}+\frac{c_{-1}}{\left(z-a\right)^{1/2}}+c_0+c_1\left(z-a\right)^\frac{1}{2}+c_2\left(z-a\right)+\cdots\\
&=&\cdots+\frac{c_{-2}}{t^2}+\frac{c_{-1}}{t}+c_0+c_1t+c_2t^2+\cdots\\
\end{eqnarray}
ですが留数を求めるための積分路は点$a$を二周することを考えに入れると、$R\left(z,s\right)$の留数は$2c_{-2}$となることが分かります。そうしてこれはちょうど$\displaystyle R\left(z,s\right)\frac{dz}{dt}=R\left(z,s\right)2t$の$t=0$における留数に等しいです。
 
さて$R\left(z,s\right)$の極及び無限遠点は全部で有限個しかなく、その他の点では$R\left(z,s\right)$の留数はいたる所で$0$です。よって今$R$面上においてすべての極及び無限遠点を内外いずれか一方の側にのみ有するような単一閉曲線を描き、これを一周する積分を考えれば容易に$R\left(z,s\right)$のすべての極及び無限遠点における留数の和は$0$に等しいことがわかります。従ってまた通常の数平面上において有理関数について証明されるのと全く同様の手続きによって次の定理を得ます。

$R\left(z,s\right)$は、定数でないかぎり、$R$面上において$0$及び$\infty$の値を同じ回数だけ取る。従ってまた、任意の値も同じ回数だけ取る。

ゆえにもし定数でない$R\left(z,s\right)$が$R$面上においていたる所正則であるとすれば、$\infty$の値をとる回数が零であるから従って他のいかなる値をとる回数もゼロになって結局何の値もとらないという不都合が生じます。よって$R$面上においていたる所正則な$R\left(z,s\right)$は定数に限ります。
 
通常の数平面上において一価の解析関数で極の他に特異点をもたないものは有理関数に限ります。これは関数論でよく知られた事実ですが、$R$面上においてもこれに似た事があります。すなわち$R$面上において一価な解析関数で極の他に特異点をもたないものは$R\left(z,s\right)$に限ります。
 
これらより、$R$面上においていたる所正則な一価解析関数は定数に限られ、これは一価関数に関してよく知られたLiouvilleの定理の拡張であるということが分かります。

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