第06講の導入
第05講ではニュートンの運動方程式を扱いました。さて、これから私たちはニュートンの運動方程式についての一般的な性質を調べたいと思います。しかし、それにはいくつかの道具が必要なので一旦ここでそれらをまとめておきましょう。
まず、運動方程式を厳密に解くとなると、計算が難しくなる場合があります。そこで使うのが近似の手法です。第06講では初めにこの近似の手法、具体的にはテイラー展開というものについてお話しします。
そして次に変数が2個以上の関数、すなわち多変数関数についての微分と積分についてお話しをしていきます。一般に物体に働く力Fはr、˙r、tを変数に持つ多変数関数です。従って、運動方程式について理解を深めるためには多変数関数の微分と積分が重要だということは何となく理解してもらえると思います。後半はこれらを扱っていきます。
テイラー展開
まずテイラー展開について説明します。細かい定義を述べることはせずに、先に結論を提示してしまいます。関数f(x)について、ある点x=aでの値f(a)及び微分係数f(n)(a)を用いると、その周りでf(x)は以下のように書けることが知られています。
f(x)=f(a)+f′(a)(x−a)+12!f”(a)(x−a)2+⋯+1n!f(n)(a)(x−a)n+⋯
これをテイラー展開と言います。このイメージを考えましょう。高校でやったように、微分の定義は
f′(x):=limx→af(x)−f(a)x−a
です。これは当然x=aの極限で一致しているわけですが、テイラー展開はx=aに厳密に一致しない、x≃aのようなところでの差分x−aを利用してf(x)について高次の近似をしようというモチベーションなのです。特にx=0の周りでの展開、すなわちa=0とおいたときの展開
f(x)=f(0)+f′(a)x+12!f”(0)x2+⋯+1n!f(n)(0)xn+⋯
のことをマクローリン展開と言います。主要な関数のマクローリン展開を以下にまとめておきます。実際に計算して確かめてみてください。
{(1+x)a=1+ax+a(a−1)2x2+⋯ sinx=x−13!x3+15!x5−⋯ cosx=1−12!x2+14!x4−⋯ tanx=x+13x3+215x5+⋯ ex=1+x+12!x2+⋯
これらの展開を低次の項で止めると、その次数までの近似になります。例えば、sinxは1次までの近似ではsinx≃xです。実は、これらの近似は高校の物理でも証明無しに使っていたのですが、覚えていますか?忘れていたとしても、安心してください。この近似をどこで使うのかは必要に応じてその都度紹介していきます。
偏微分
次に偏微分の説明を始めましょう。高校でやっていた数学ではf(x)のような1変数関数の微分について専ら考えていましたね。このような1変数関数f(x)のxに関する微分
f′(x):=df(x)dx
を常微分と言います。それに対して、今後はf(x,y,z)のような多変数関数の微分についても考えなければなりません。1つの変数だけに注目し、他の変数は定数とみなして微分する操作を偏微分と言い、以下のように定義します。
{∂f(x,y,z)∂x:=limΔx→0f(x+Δx,y,z)−f(x,y,z)Δx∂f(x,y,z)∂y:=limΔy→0f(x,y+Δy,z)−f(x,y,z)Δy∂f(x,y,z)∂z:=limΔz→0f(x,y,z+Δz)−f(x,y,z)Δz
また、以下のように定義されるベクトル微分演算子をナブラ記号と言います。
∇:=i∂∂x+j∂∂y+k∂∂z=(∂∂x,∂∂y,∂∂z)
これは古典力学や電磁気学を始めとする様々な分野の基礎方程式に顔を出す演算子なので覚えておいてください。
偏微分の計算練習
偏微分に慣れるために計算練習をしてみましょう。まず、f(x,y,z)=−xy2について、各変数の偏微分を求めてみましょう。偏微分は微分する変数以外を定数とみなすこと、そして今f(x,y,z)がzを含んでいない事に注意すると、以下のように計算できます。
∂f∂x=−y2 , ∂f∂y=−2xy , ∂f∂z=0
次に、r(x,y,z)=(x2+y2+z2)12について計算をしてみましょう。これは、点P(x,y,z)の原点O からの距離をあらわしています。さて、偏導関数は以下のように計算できます。
∂r∂x=12(x2+y2+z2)−12×2x=xr , ∂r∂y=yr , ∂r∂z=zr
これより、位置ベクトル→OP=rとすると以下が成り立ちます。
∇r=(∂r∂x,∂r∂y,∂r∂z)=rr
線積分
物体に働く力の関数形が特にF(r)である場合を考えてみましょう。任意の曲線C は曲線C 上の点A からの弧の長さsを用いてr=r(s)であらわせます。この曲線C の経路に沿ったFとの接線成分の足し合わせは以下のようにあらわせます。
∫CF(r)⋅dr
これを線積分と言います。高校で習った区分求積法を思い出してもらえれば、この式の気持ちは理解しやすいと思います。また、内積の定義から、
∫CF(r)⋅dr=∫C(Fxdx+Fydy+Fzdz)
とイメージしても良いと思います。
特に、閉じた経路C を一周に渡って線積分する場合は以下のようにあらわします。
∮CF(r)⋅dr
これを周積分と言います。
第06講のまとめ
最後に一言コメントをして第06講を終わりにしましょう。第06講は色々な道具を準備しましたが、特に大事なのは近似というものの考え方です。物理学は、厳密な方程式を近似的に計算するか、近似した方程式を厳密に計算するかしかありません。言い換えれば、どこでどういう近似をするのかが重要になってきます。
注意してほしいのは、大学の講義でやる内容の殆どはこのような近似がうまくいく例しか扱いません。ご多分に漏れず、この講座でもボリュームの都合上、近似をしてうまく計算できる例しか扱うことが出来ません。しかし、それはあくまでうまくいく場合のみをやっているだけです。古典力学でも、多くの問題は簡単に計算することが出来ません。うまくいく例だけをやっているだけなのに、ニュートン力学は完璧だ、全てが完璧に解けるのだと錯覚を起こさないようにしてください。この点は機会があればより詳しく述べたいと思います。しかし、今はとりあえず、うまくいく例をしっかり理解して古典力学のエッセンスを身につけましょう。