$\def\bm#1{{\boldsymbol{#1}}}$
$\def\rmd#1{\mathrm{d}{#1}}$
$\def\Braket#1{\langle{#1}\rangle}$
$\def\Bra#1{\langle{#1}|}$
$\def\Ket#1{|{#1}\rangle}$
$\def\kb{k_{\text{B}}}$
$\def\dag{\dagger}$
量子力学06
今回は3次元のポテンシャル問題を考えていきます。
他の3次元のポテンシャル問題
$3$次元のポテンシャル問題では運動量ベクトルが$\hat{\bm{p}}=-i\hbar\nabla$となる。デカルト座標系$(x,y,z)$であれば、交換関係は以下のようになる。
\begin{equation}
[\hat{x},\hat{p}_x]=[\hat{y},\hat{p}_y]=[\hat{z},\hat{p}_z]=i\hbar~,~{[\hat{x},\hat{y}]}=[\hat{x},\hat{p}_y]=\cdots=0
\end{equation}
動径方向の方程式と球面調和関数
ポテンシャルが原点からの距離$r$にしか依存しない、$V=V(r)$の場合の$3$次元のポテンシャル問題を考えよう。古典力学で角度方向と動径方向を分けることができたように、量子力学でも、$\psi(\bm{r})=R(r)Y(\theta,\phi)$と変数分離をすることができる。$R(r)$と$Y(\theta,\phi)$はそれぞれ規格化条件、
\begin{equation}
\int_0^\infty|R(r)|^2r^2\rmd r=1~,~\int_0^{2\pi}\left\{\int_0^\pi|Y(\theta,\phi)|^2\sin\theta\rmd\theta\right\}\rmd\phi=1
\end{equation}
を満たしている。このとき、$\rmd V=r^2\sin{\theta}\rmd r\rmd\theta\rmd\phi$のようにヤコビアンが掛かることを忘れないようにしよう。
交換関係と角運動量
古典力学で角運動量ベクトル$\bm{L}$が$\bm{L} = \bm{r}\times\bm{p}$と定義されたように、量子力学でも、$\hat{\bm{L}} = \hat{\bm{r}}\times\hat{\bm{p}}$と定義される。これにより、以下の交換関係が成り立つ。
\begin{equation}
{[\hat{L}_i,\hat{L}_j]}=i\hbar\varepsilon_{ijk}\hat{L}_k
\end{equation}
全軌道角運動量演算子$\hat{L}^2 = \hat{L}_x^2+\hat{L}_y^2+\hat{L}_z^2$も便利である。$\hat{L}^2$は全ての$\hat{L}_i$と交換するので、極座標系$(r\theta,\phi)$であれば次のように$\hat{L}^2,\hat{L}_z$を定義するのが便利である。
\begin{equation}
\hat{L}^2=-\hbar^2\nabla_{\theta,\phi}^2~,~\hat{L}_z=-i\hbar\dfrac{\partial}{\partial\phi}
\end{equation}
ここで、$\nabla_{\theta,\phi}^2$は極座標系のラプラシアンの角度成分である。
これらの固有関数$Y^m_l(\theta,\phi)$は球面調和関数と呼ばれ、以下の性質を持つ。
\begin{equation}
\hat{L}_zY_l^m=m\hbar Y_l^m~,~\hat{L}^2Y_l^m=l(l+1)\hbar^2Y_l^m
\end{equation}
ここで、$l$は軌道量子数、$m$は方位量子数と呼ばれる数である。$l$は$0$以上の整数で、$m$は$m=l,l-1,l-2,\cdots,-l$の整数である。球面調和関数は以下の規格直交性を満たしている。
\begin{equation}
\int_0^{2\pi}\rmd\phi\int_0^\pi\rmd\theta{Y_l^m}^*Y_{l’}^{m’}\sin{\theta}=\delta_{ll’}\delta_{mm’}
\end{equation}
これは、球面調和関数がエルミート演算子$\hat{L}^2,\hat{L}_z$の固有値に対応した固有関数であることを意味している。
一般に、$\hat{L}^2$は$\hat{L}_x$、$\hat{L}_y$、$\hat{L}_z$と可換である。また、$\bm{L}$と$\bm{S}$は作用する部分が異なるので、全角運動量$J^2=(\bm{L}+\bm{S})^2$とも可換である。しかし、回転対称性が無い限りハミルトニアンとは可換にならない。
水素原子
電荷$-e$の電子と電荷$+e$の陽子がクーロンポテンシャル中にいる系のハミルトニアンは以下で与えられる。
\begin{equation}
H=-\dfrac{\hbar^2}{2\mu}\nabla^2-\dfrac{e^2}{4\pi\epsilon_0}\dfrac{1}{r}
\end{equation}
ここで、$\mu$は換算質量で、$\mu=m_1m_2/(m_1+m_2)$である。水素原子の場合、陽子の質量が電子の質量より限りなく大きいので、$\mu$は電子の質量$m_e$に等しいとみなしてよい。但し、水素「様」原子の場合はこの近似が成り立たないこともあるため注意が必要である。よく出題されるのは電子と陽子の場合($\mu\simeq m_e$)と電子と陽電子の場合($\mu=\frac{m_e}{2}$)である。
さて、ハミルトニアンはエネルギーの次元をもっていることから、運動項とポテンシャル項を比較すると、$2$の因子は考えないことにして、
\begin{equation}
a=\dfrac{4\pi\epsilon_0\hbar^2}{\mu e^2}
\end{equation}
という長さの次元をもつ量が作れることが分かるだろう。これをボーア半径と呼ぶ。長さ次元はこれと$r$しか手元にないから、細かい規格化因子は抜きにすると、基底状態の波動関数は$\psi_1(r)\propto\mathrm{e}^{-r/a}$とあらわせる。基底状態のエネルギーは、
\begin{equation}
-E_1=\dfrac{\hbar^2}{2\mu a^2}=\dfrac{\mu e^4}{2(4\pi\epsilon_0)^2\hbar^2}=13.6~\text{eV}~(\mathrm{for~Hydrogen})
\end{equation}
となる。一般に、エネルギー固有値は、以下のようにあらわせる。
\begin{equation}
-E_n=\dfrac{\hbar^2}{2\mu a^2}\dfrac{1}{n^2}=13.6\times\dfrac{1}{n^2}~\text{eV},~n=1,2,\ldots~~(\mathrm{for~Hydrogen})
\end{equation}
$n$は主量子数である。$\hbar^2/(2\mu a^2)$の因子は無限に深い井戸型ポテンシャルの結果と同じだが、$n^{-2}$の因子も付くことに注意したい。また、$e^4$とあるがこれは全て電子の電荷由来ではなく、陽子由来のものと電子由来のものが$e^2$ずつ付いていて、$e^4=(e^2)_{\text{Proton}}\times(e^2)_{\text{Electron}}$となっている。例えば、電子の電荷のみが$e\rightarrow2e$となったときのエネルギーは$2^4=16$倍ではなく、$e^2=4$倍というように計算するため注意が必要である。
$E_n$の表式から分かるように、水素原子がエネルギー準位$E_{n_i}$から$E_{n_f}$へ遷移したとき、その差$\Delta E_{n_i\rightarrow n_f}$に基づいてある振動数と波長をもった光が放出される。
\begin{equation}
f\propto\dfrac{1}{\lambda}\propto\dfrac{1}{n_f^2}-\dfrac{1}{n_i^2}
\end{equation}
これをリュードベリの公式という。ここで、$n_f<n_i$である。$n_f=1$のスペクトル系列をライマン系列、$n_f=2$のスペクトル系列をバルマー系列、$n_f=3$のスペクトルをパッシェン系列という。
ところで、光速度$c$を用いても良いとすると、次のような無次元量$\alpha$を作ることができる。
\begin{equation}
\alpha=\dfrac{e^2}{4\pi\epsilon_0\hbar c}\sim\dfrac{1}{137}
\end{equation}
これは微細構造定数と呼ばれる定数で、これは後の摂動論のところでも出てくる。