基本領域
ペー関数℘(u)はu′=u+2ω1、u′=u+2ω3の二変換及びそれから組成されるすべての変換によって不変である。J(τ)の二変換及びそれから組成される変換によって不変である点は楕円関数と似ているが、それならば周期平行四辺形に対応するものはどのような図形であるか、次にこれを研究しよう。
τに任意の母数変換(abcd)を行った結果を
τ′=(abcd)τ=c+dτa+bτ
とするとき、τとτ′を母数群に関して互いに同等であるという。τ平面の上半面に適当な面分Dをとり、D内のいずれの二点も互いに同等でなく、上半面のいずれの二点も必ずD内の一点と同等であるようにしたとき、そのDを母数群の(または関数J(τ)の)基本領域という。Dは関数J(τ)に関してあたかも楕円関数における周期平行四辺形のような役目をなすものである。母数群の変換はすべてτ′=τ+1及びτ′=−1τで組成される。前者から考えればDの面分は虚軸に平行な間隔1の平行線で区切られることが想像される、また後者から考えればDは単位円で区切られることも想像される。そこでτ=x+yiとおき、
−12≦
の面分をとってDの候補者とし、便宜上これをやはりDと呼ぶことにする。母数群の基本領域Dの候補者を図示する。まずDが(i)の性質をもつかどうかを調べる。それにはD内の\tauと同等な
\tau^\prime=\frac{c+d\tau}{a+b\tau}
が(\tau^\prime=\tauの場合を除き)必ずDの外に出るかどうかを見ればよい。次に四つの場合に分けてこれを吟味する。b=0のとき。ad-bc=1からa=d=1。(a、b、c、d全部の符号を変えても差し支えないからa=d=-1はとらないことにする。)したがって
\tau^\prime=\tau+c
ゆえにc\neq0である限り\tau^\primeはDの外にある。b=1のとき、c=ad-1となる。したがって
\tau^\prime=d-\frac{1}{a+\tau}, \left|\tau^\prime-d\right|=\frac{1}{\left|\tau-\left(-a\right)\right|}
aは整数であるから、D内の\tauと\left(-a\right)の間の距離\left|\tau-\left(-a\right)\right|は一般に1より大きい。したがって\left|\tau^\prime-d\right|\lt1。ゆえに\tau^\primeは一般にDの外にある。ただここに例外となるのはa=d=0の場合で、そのときは\tauと\tau^\primeがともにDの境界線である単位円の弧上にある。これを避けるには円弧の中-\dfrac{1}{2}\leqq x\leqq0の部分のみをDに属させることにすればよい。そうしてもなお\tauと\tau^\primeがともにDに属する場合が三つある、それは\tau=iを\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}で変換すると\displaystyle\tau^\prime=-\frac{1}{\tau}=i\tau=\rhoを\begin{pmatrix}0&1\\-1&-1\end{pmatrix}\displaystyle\tau^\prime=-\frac{1+\tau}{\tau}=\rho,\ \ \left(\rho=\frac{-1+\sqrt{3}i}{2}\right)\tau=\rhoを\begin{pmatrix}1&1\\-1&0\end{pmatrix}\displaystyle\tau^\prime=-\frac{1}{1+\tau}=\rhoで、この他にはない。ゆえに規約的にi、\rhoの点はそれぞれ\dfrac{1}{2}、\dfrac{1}{3}だけDに属すると考えることにする。b=-1のとき、係数全部の符号を変えればよい。
\left|b\right|\gt1のとき、\left|b\right|\geqq2である。さて一般に
\tau^\prime-\frac{d}{b}=-\frac{1}{b^2}\frac{1}{\displaystyle\tau+\frac{a}{b}}
すると\dfrac{a}{b}がどのような有理数であっても、\tauがDにあるならば
\left|\tau+\frac{a}{b}\right|\geqq\frac{\sqrt{3}}{2}
となることは明らかである。よって
\frac{\sqrt{3}}{2}\left|\tau^\prime-\frac{d}{b}\right|\leqq\frac{1}{b^2}\leqq\frac{1}{4}
ゆえに
\left|\tau^\prime-\frac{d}{b}\right|\leqq\frac{1}{2\sqrt{3}}\leqq\frac{\sqrt{3}}{2}
すなわち\tau^\primeは実軸上の一点\dfrac{d}{b}から\dfrac{\sqrt{3}}{2}よりも小さな距離にあるから、もちろんD内にはない。以上の研究によってDの境界線の中(i、\rhoの二点だけは上記のような特別扱いにする。)。Dの各点に
S\colon\ \ \tau^\prime=\tau+1
の変換を行えば、ちょうどDの右隣にある合同図形の面分内に移る。よってこの面分をSと呼ぶ。Sを繰り返して行えば次々にS^2、S^3、\cdotsを得る。またその逆変換\tau^\prime=\tau-1を考えればS^{-1}、S^{-2}、\cdotsを得る。また
T\colon\ \ \tau^\prime=-\frac{1}{\tau}
も得られる。厳密に考えればここに注意すべき件が二つある。第一はDからこのようにして次第に作られる面分での\tauの上半面が全て覆われることである。仮にy\gt h\left(0\lt h\lt1\right)の部分がD、S、T、\cdotsで全部覆われたとすれば、それらにさらにTを行ったTD、TS、T^2、\cdotsすなわちT、TS、D\cdotsで円の内部が覆われる。この円とx=\dfrac{1}{2}の交点の縦線をh^\primeとすれば、上記のT、TS、D、\cdots及びこれにSの冪を行ったものでy\gt h^\primeの部分が全部覆われる。さて計算してみると
h^\prime=\frac{1-\sqrt{1-h^2}}{2h}\lt\frac{h}{2}
これによってx軸にどれほど近い点でもついには覆われることがわかる。第二にはD、S、T、\cdots等の面分が互いに重なり合わないことである。なぜならば、もし仮にA、Bの二面分が重なり合う部分をもつならば、その部分に一点\tau^\primeをとれば、D内のある二点\tau_1、\tau_2に対して\tau^\prime=A\tau_1、\tau^\prime=B\tau_2、したがって\tau_1=A^{-1}B\tau_2、すなわちD内に互いに同等な二点があることになって前に証明したことに反する(i、pと同等な点は例外である。)。このようにして上半面が全部覆われることからしてDがこれらの性質をももつことは明らかである。これによると今まで述べて来たようにDの境界線を半分だけこれに属すると考えれば、これはすなわち一つの基本領域である(Dに限らずS、T、\cdots等のいずれを取っても基本領域である。)。
参考文献
参考文献は以下の通り。
[1]竹内端三,『楕円関数論』,岩波書店,1936
出版社在庫無し、著作権消失済み。
[2]E.T. Whittaker, et al., A Course of Modern Analysis (AMS PRESS, 1927)
著作権消失済み。
[3]戸田盛和,『楕円関数入門』,日本評論社,2001
[4]戸田盛和,『臨時別冊・数理科学SGC ライブラリ49 ソリトンと物理学』,サイエンス社,2006
同出版社より電子書籍の形で復刊済み。
[5]Landau・Lifshitz,『力学』,東京図書,2017