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ヒルベルト空間1
今回はヒルベルト空間の基礎についてまとめます。今回の内容を元に、次回は量子力学への応用を考えることになります。
ヒルベルト空間の定義
ヒルベルト空間は、量子力学の数学的基盤を成す重要な概念です。ヒルベルト空間は以下の条件を満たすベクトル空間として定義されます。
内積空間: 任意のベクトル \( \psi \) と \( \phi \) に対して、内積 \( \langle \psi, \phi \rangle \) が定義される。
完備性: 全てのコーシー列が収束し、その極限も空間内に含まれる。
無限次元性: 有限次元に限定されない無限次元の空間を許容する。
数学的には、ヒルベルト空間は次のように表されます。
\[
H = \{ \psi : \|\psi\|^2 = \langle \psi, \psi \rangle < \infty \},
\]
ここで、\( \|\psi\| \) はベクトル \( \psi \) のノルムを表します。
量子力学とヒルベルト空間
量子力学では、系の状態はヒルベルト空間内の正規化されたベクトル \( |\psi\rangle \) で表されます。この表記は「ブラケット記法」と呼ばれ、状態 \( |\psi\rangle \) は通常複素ヒルベルト空間の要素です。
状態ベクトルと確率解釈
状態ベクトル \( |\psi\rangle \) を用いて、物理量の測定結果に関連する確率は内積によって定義されます。たとえば、状態 \( |\phi\rangle \) に系がある確率は以下で与えられます。
\[
P = |\langle \phi | \psi \rangle|^2.
\]
ここで、\( \langle \phi | \psi \rangle \) はブラケット記法での内積を示します。
観測量とエルミート作用素
観測可能な物理量(例えばエネルギーや運動量)は、ヒルベルト空間上のエルミート作用素 \( \hat{A} \) に対応します。エルミート作用素の固有値は観測可能な値であり、固有状態 \( |a_n\rangle \) に系があるとき、その値は \( a_n \) です。
次式が成り立ちます。
\[
\hat{A} |a_n\rangle = a_n |a_n\rangle.
\]
また、観測結果の期待値は次のように表されます。
\[
\langle \hat{A} \rangle = \langle \psi | \hat{A} | \psi \rangle.
\]
ヒルベルト空間の性質
完備性
ヒルベルト空間は完備性を持つため、すべてのコーシー列が収束し、収束先が空間内に含まれます。この性質は、物理的に連続な状態や時間発展の議論に重要です。
正規直交基底
ヒルベルト空間には正規直交基底 \( \{|e_n\rangle\} \) が存在し、任意のベクトル \( |\psi\rangle \) は次のように展開できます。
\[
|\psi\rangle = \sum_{n} c_n |e_n\rangle,
\]
ここで \( c_n = \langle e_n | \psi \rangle \) は展開係数です。
パーセバルの等式
次式が成り立ちます。
\[
\|\psi\|^2 = \sum_{n} |c_n|^2,
\]
これにより、ノルムの保存が示されます。
時間発展とシュレーディンガー方程式
量子力学において、系の時間発展はシュレーディンガー方程式によって記述されます。
\[
i \hbar \frac{\partial}{\partial t} |\psi(t)\rangle = \hat{H} |\psi(t)\rangle,
\]
ここで \( \hat{H} \) はハミルトニアン(エネルギー演算子)です。この方程式により、状態ベクトル \( |\psi(t)\rangle \) が時間とともにどのように変化するかが決まります。
波動関数と座標表現
ヒルベルト空間の要素としての状態ベクトルは、座標表現(波動関数)で具体的に表現されることがあります。波動関数 \( \psi(x) \) は次のように定義されます。
\[
\psi(x) = \langle x | \psi \rangle,
\]
ここで \( |x\rangle \) は座標固有状態を表します。波動関数を用いて、物理的確率密度は次のように表されます。
\[
P(x) = |\psi(x)|^2.
\]
今回のまとめ
ヒルベルト空間は量子力学の枠組みにおいて、状態ベクトルの表現や観測量の定義、時間発展の記述など、重要な役割を果たします。数学的構造と物理的直観を結びつけることで、量子力学の理論が確固たる基盤の上に築かれていることが理解できます。






