テンソル表現
最も簡単な表現は、トリビアルで、一重項またはスカラーの表現である。対応するベクトル空間は1次元であり、その要素はϕで表される。そして、JはJρσ1=0によって与えられる。この代入によってLorentz 代数(4)は自明に満たされる。これは、場の理論におけるスカラー場に対応する表現である。
次にd次元のベクトル表現を考えよう。これは通常dと書かれる。このとき、場はd個の成分を持っていてϕρ,ρ=0,⋯,d−1と書ける。また、d×d行列Jρσdの成分は(3)で与えられるから
(Jρσd)μν=i(δρνημσ−δσνημρ)
となる。我々は既にこのベクトル表現の下で変換する場の例を知っている。これは場の理論におけるベクトル場Aμに他ならない。
今までスカラー場とベクトル場に対応するLorentz 代数の既約表現を見出した。ではn個の添字を持つ場ϕμ1⋯μnの表現はどのようになるのだろうか。そのような表現を構成するためには、ベクトル表現の階数nのテンソル積を考慮する必要がある。得られる表現は、部分的に対称または反対称のテンソルに分解することができるので、一般に可約である。場は対称化された部分ϕ(μν)と反対称化された部分ϕ[μν]に分解できることが分かっている。表現論の言葉では、2階のテンソル積表現d⊗dは次元d(d+1)/2で2階の対称なテンソル積表現d⊗Sdと次元d(d−1)/2で階数2の反対称なテンソル積表現d⊗Adの直和に分解できる。すなわち
d⊗d=(d⊗Sd)⊕(d⊗Ad)
となる。具体例として、スピン状態の組み合わせを考えよう。2つの同一のスピン1/2表現のテンソル積は2つの既約表現に分解され、スピン1表現は対称状態として、スピン0状態は反対称状態としてあらわせる。考えているスピン1/2状態が
|12,±12,α⟩
であるとする。ここで、αは状態を指定するのに必要な何かしらのパラメータである。テンソル積の中で最高ウェイトの状態はJ3=1/2状態のスピン1の組み合わせであるから、他のラベルを交換しても対称である;
|1,1⟩=|12,12,α⟩|12,12,β⟩=|12,12,β⟩|12,12,α⟩
スピン1表現の他の状態を作るための下降演算子は、2つのスピン1/2状態に対して同じように作用するので、以下の式のように、この対称性を保つ;
{|1,0⟩=1√2(|12,−12,α⟩|12,12,β⟩+|12,12,α⟩|12,−12,β⟩)|1,−1⟩=|12,−12,α⟩|12,−12,β⟩
従って、それに直交するスピン0状態はαとβの交換に対して反対称になる;
|0,0⟩=1√2(|12,−12,α⟩|12,12,β⟩−|12,12,α⟩|12,−12,β⟩)
注意すべきことは、d⊗Sdもd⊗Adも一般には既約ではないという事である。まず初めに、2階の対称な表現d⊗Sdについて考えてみよう。表現を既約表現の和にさらに分解するために、不変テンソルを利用する。可約な表現があれば、不変テンソルを用いて表現のテンソルを縮約させることでより小さい表現を得ることができる。このことをLorentz 代数を例に説明しよう。
任意の特殊直交群SO(p,q)、特にLorentz 群SO(d−1,1)において、計量ημν(そしてその逆行列ημν)と完全反対称テンソルの2つだけが不変テンソルである。対称テンソルϕ(μν)と縮約すると完全反対称テンソルの部分は0になるので、ημνϕ(μν)だけ考えれば良い。これは2階のテンソルのトレースである。このことは2階の対称テンソルはトレースレスな2階の対称テンソルに分解できるということを示している。トレースレス部分をSと書くと、
d⊗Sd=1⊕S
とあらわすことが出来る。必ずしもρとσについて対称ではないような一般の2階のテンソルϕρσについて、対称なトレースレス部分Sを抜き出すために次のような射影演算子を利用することが出来る。
Pρσμν=12(δρμδσν+δσμδρν)−1dημνηρσ
問題
成分がϕμνと書ける一般の2階のテンソルをϕとするとき、射影演算子がかかったPρσμνϕρσが対称かつトレースレスであることを示せ。更に、PρσαβPαβμν=Pρσμνを確かめることでPρσμνが射影演算子であることを示せ。
解答
前半部分の題意を示すために計算を進めると、
Pρσμνϕρσ=12(ϕμν+ϕνμ)−1dημνϕρρ
となる。よって確かに対称かつトレースレスになっている。これは直感的には、対称部分が第1項になっていて、トレース項が第2項になっている。さて、後半部分の題意も計算を進めると
PρσαβPαβμν={12(δραδσβ+δσαδρβ)−1dηαβηρσ}{12(δαμδβν+δβμδαν)−1dημνηαβ}=14(δραδσβ+δσαδρβ)(δαμδβν+δβμδαν)−12d(δραδσβ+δσαδρβ)ημνηαβ−12dηαβηρσ(δαμδβν+δβμδαν)+1d2ηαβηρσημνηαβ=12(δρμδσν+δσμδρν)−1dημνηρσ=Pρσμν
となる。よって題意は示された。