第4回目は荷電粒子からの輻射について扱いました。
第5回目となる今回は、量子力学における行列計算に馴染むためにDirac 方程式の問題を扱います。
問題
[問題1]電磁場中のDirac 方程式は電荷をeとして
iℏ∂ψ∂t={c[∑j(pj−ecAj)ˆαj+mcˆβ]+eϕ ˆ1}
と与えられる。静磁場に対してψ∝e−iEt/ℏ、ϕ=0としたとき、ψを2成分のχ1、χ2を用いて
ψ=(χ1χ2)
とあらわすと
{(E−mc2)χ1=c∑j(pj−ecAj)σjχ2(E+mc2)χ2=c∑j(pj−ecAj)σjχ1
を得る。ここで、E=ε+mc2、|ε|≪mc2とおくと、
εχ1=[12m∑j(pj−ecAj)2−eℏ2mc∑j(∇×A)jσj]χ1
が成り立ち、スピンσjが磁気モーメントとして外部磁場と相互作用することを示せ。
[問題2]中心力場のHamiltonian
ˆH=∑jcℏi∂∂xjˆαj+mc2ˆβ+v(r)ˆ1
に対して、ˆHとˆjが交換可能であることを示せ。
[問題3]中心力場のDirac 方程式の動径成分
{F′=−κrF+[2α+α(ε−v)]GG′=+κrG−α(ε−v)F
より、次の式が成り立つことを示せ。
F”=κ(κ+1)r2F−2(ε−v)F−α2(ε−v)2F−α22v′F′−α22κrv′F+O(α4)
但し、右辺第2項まで(1行目)がSchodinger 方程式の動径線分に対応していて、第3項以降(2行目)が最低次の相対論補正に対応している。
[問題4]問題3の右辺第5項は
−α22κrv′=α22rv′+α2rv′(l⋅s)
とあらわせることを示せ。但し、
2l⋅s=(l+s)2−l2−s2
であり、(l⋅s)の項をスピン軌道相互作用と呼ぶ。
演習問題解答
[問題1]
問題には以下の連立方程式が与えられている。
(E−mc2)χ1=c∑j(pj−ecAj)σjχ2(E+mc2)χ2=c∑j(pj−ecAj)σjχ1
式(1)・(2)を与えられた条件に従って書き換えればそれぞれ
εχ1=∑j(cpj−eAj)σjχ2χ2=1E+mc2∑j(cpj−eAj)σjχ1
となる。式(3)へ式(4)を代入してχ2を消去すれば
εχ1=∑j(cpj−eAj)σjχ2=1ε+2mc2∑i∑j(cpi−eAi)(cpj−eAj)σiσjχ1=1ε+2mc2∑j(cpj−eAj)2σ2jχ1+1ε+2mc2∑i≠j(cpi−eAi)(cpj−eAj)σiσjχ1≃12mc2∑j(cpj−eAj)2σ2jχ1+i2eℏc2mc2∑k(∇×A)kσkχ1=[12m∑j(pj−ecAj)2−eℏ2mc∑j(∇×A)jσj]χ1
となり所望の式を得る。因みに、付加的なエネルギー項のHamiltonian ˆHDipoleは
ˆHDipole=−eℏ2mc∑j(∇×A)jσj=−eℏ2mcσ⋅Bと書ける。
これは磁場Bの中で磁気双極子モーメントeℏ2mcσが得るエネルギーと解釈できる。
すなわち、非相対論極限ではDirac 方程式から、電子は磁場中に置かれると磁気双極子モーメントeℏ2mcσを持つように振る舞うと言うことが出来る。
[問題2]
Σ:=(σ00σ)と定義すれば[S,ˆH]において可換でない要素は行列の部分のみとなる。
具体的な表示を[σi,σj]=2iεijkσkを用いて計算すれば、[Σi,αj]=2iεijkαk及び\\[Σi,β]=0が成り立つ。これより[Si,ˆH]=iℏcεijkαkpj=−iℏc(α×p)iとなる。この結果は、相互作用のない自由粒子を扱っているのにも関わらずスピンがHamiltonian と同時対角化不可能、つまり運動の定数ではないことを示している(但し、p=0のときだけ例外的に[S,ˆH]=0となる。)。
次に[Li,ˆH]を求める。これは正準交換関係[xi,pj]=iℏδijを用いて、[Li,ˆH]=iℏc(α×p)iつまりこれも運動の定数ではない。
よってJは確かに[Ji,ˆH]=0を満たす。これは運動の定数である。これらの結論はDirac 方程式において角運動量とスピンが不可分の要素であることを示している。
[問題3]
問題には以下の連立方程式が与えられている。
F′=−κrF[2α+α(ε−v)]GG′=κrG−α(ε−v)F
これをrで微分して
F”=κr2F−κrF′+[2α+α(ε−v)]G′−αv′G
G、G′を消去するためにこれらをそれぞれ用いて
F”=κ(κ+1)r2F−2(ε−v)F−α2(ε−v)2F−(F′+κrF)α2v′2+α2(ε−v)≃κ(κ+1)r2F−2(ε−v)F−α2(ε−v)2F−α22v′F−α22κrv′F+O(α4)
よって題意は示された。但し、式(8)においてO(α4)=(F′+κrF)(ε−v)α4v′4である。
さて、簡単に分かることとして、r→∞の極限でこれらは調和振動子の式になる。すなわち、無限大の極限では相互作用が”解ける”と形容して良いだろう。なお、この事実から関数形を予想し冪級数解法的に解くことでこれらの式を求積することが出来るが、本問から逸れるため省略する。
[問題4]
−(1+κ)F=2(l⋅s)Fが示せればいい。与えられた条件を利用すれば、
2(l⋅s)F=(j2−l2−s2)F={j(j+1)−l(l+1)−34}F={{j(j+1)−(j+12)(j+32)−34}F (for l=j+12){j(j+1)−(j−12)(j+12)−34}F (for l=j−12)={(−j−32)F (for l=j+12)(j−12)F (for l=j−12)=−(1+κ)F
よって題意は示された。因みに、これらの式から明らかにκ(κ+1)=l(l+1)が両方の場合に成り立つ。これは連立微分方程式が動径方程式の形で書けることを保証している。
参考文献
[1]川村嘉春、『相対論的量子力学』、裳華房、2013