実楕円積分
一般に楕円積分
∫R{z,√φ(z)}dz
においてφ(z)の係数がすべて実数で、かつ積分路がz平面の実軸の一部または全部のとき、これを実楕円積分といいます。実際に多くの応用問題に現れる楕円積分はたいてい実楕円積分です。ところが前回の例で明らかなように、実楕円積分でもこれを標準形に直すと、母数は必ずしも実数ではなく、またzの積分路が実軸上にあってもζの積分路は必ずしも実軸上には位置していません。
しかしもし実楕円積分においてφ(z)=0の四つの根を適当な順序にα0,α1,α2,α3と命名し、また必要に応じてζにある簡単な変換を行うことにすれば、kを常に実数にして、かつ0≤k2≤1にすることが出来ます。そうして同時に新しい積分変数の積分路を実軸上に存在させることが出来ます。これを説明しましょう。
代数学でよく知られている通り、φ(z)の係数がすべて実数のときはφ(z)=0の根の中に実数でないものがある場合にはその個数は必ず偶数で、二つずつ互いに共役な複素数になっているはずです。よって四つの根とも実の場合と、二つの根だけ実の場合と、実根がない場合の三つに分けて論じることにします。但し、重解はないものとします。またφ(z)が三次のときは∞の一根を補って総計でやはり四つの根として∞は実根とみなします。
(i)四つの根ともに実数の場合にはこれを大きさの順に次のように命名します:
α0≤α1≤α3≤α2
そうすると
λ=α1−α0α1−α2α3−α2α3−α0>0
従って
0≤k2=(1−√λ1+√λ)2≤1
となることが明らかです。またzとζの関係は
z−α0z−α2α3−α0α3−α2=√λζ−1ζ+1
であり、この係数はすべて実数であるから、zの実数値はζの実数値に対応することがわかります。
(ii)二つの根だけが実数の場合にはこれをα0及びα2とし、他の二つの根をα1及びα3とします。後の二つは互いに共役な複素数です。そのようなときは
α1−α0とα3−α0は共役α1−α2とα3−α2は共役}
だから、
|λ|=|α1−α0α1−α2α3−α2α3−α0|=1
となります。従って|√λ|=1である。故に
|√λ|=e−2iθ (θは実数)
とおくことができます。そうすれば
k=1−√λ1+√λ=1−e−2iθ1+e−2iθ=eiθ−e−iθeiθ+e−iθ=itanθ
ゆえにk2は負の実数であると分かります。
k=0となることはありません。なぜならλ=1が条件になりますが四つのαが全て異なると考えているからこれは不可能です。加えて、k2=1でないことも同様にして分かります。今後特に断らなくともk2は0でも1でもないと考えます。
さてzとζの関係を考えるために、(1)を書き直して
z−α0z−α2√α1−α2α1−α0α3−α2α3−α0=ζ−1ζ+1
の形にしてみると、(2)に述べたことによって(3)の左辺の根号の中の式は正数であるから、zの実数値はζの実数値に対応することがわかります。そこで
√1−k2ζ2=t
とおけばk2≤0であるから、tもまた実数値のみをとります。そうしてこの変換によって
∫dζ√(1−ζ2)(1−k2ζ2)=−1√k2−1∫dt√(1−t2)(1−h2t2)
となり、ここに
h2=11−k2
であるからこの新たな母数については明らかに0≤h2≤1です。(第二種及び第三種の標準形においても母数はやはりこれと同じhになる。このことは次の(iii)の場合においても同様。)
(iii)四つの根ともに実数でないときは、α0とα2を一対の共役根であり、またα1とα3を他の一対の共役根とすれば
α1−α0とα3−α2は共役α1−α2とα3−α0は共役}
です。よって明らかに
λ=α1−α0α1−α2α3−α2α3−α0>0
なので、
0≤k2=(1−√λ1+√λ)2≤1
となります。またzとζの関係については前の(3)を用いれば、左辺の根号の中の式の絶対値が1となるから
|z−α0z−α2|=|ζ−1ζ+1|
の関係を得ます。今zが実数であるとすればこの左辺は1に等しいので、従って
|ζ−1|=|ζ+1|
すなわちζは数平面上において二点1及び−1から等距離にあるといえます。よって
iζ√1−ζ2=t
とおけば、tは実数であって、この変換によって
∫dζ√(1−ζ2)(1−k2ζ2)=−i∫dt√(1−t2)(1−h2t2)
となります。ここで
h2=1−k2
である。ゆえに確かに0≤h2≤1です。以上の議論により、実楕円積分を標準形に直すときは、第一種及び第二種においては常に0≤k2≤1でかつこれをやはり実積分にすることが出来ると分かりました。第三種の場合においてもk2は上と同様で、また積分変数の値を実数にさせ得ることも上と同様ですが、この場合にはkの他に「パラメーター」aというものがあってこれは必ずしも実数ではありません。従って第三種の標準形は必ずしも実積分にはならないことが分かります。
楕円無理関数
さて今までの議論は主として楕円積分の形式的取り扱いであっていまだ深くその本質を開明したとはいえないないでしょう。これからもう少し深く立ち入った関数論的な議論を試みてみましょう。よってまずφ(z)をzの四次式とし、第1講の条件を満足させるものと仮定し、一般に
R(z,s) , s=√φ(z)
の形の二次無理関数について考えることにします。これを楕円無理関数といいます。
楕円無理関数は代数関数の極めて特別な場合であるからその性質は代数関数論でもまた一般関数論でもよく知られているが、主な結果のみを述べます。
φ(z)=0の四つの根をα0、α1、α2、α3(φ(z)が三次式のときは一つのαを∞とすることは前の通り)とすると、仮定によりこの四つの根はすべて相異なるものである。関数R(z,s)の分岐点は四つの点α0、α1、α2、α3であって、この関数に対応するRiemann面は次のようにして作られる。
まず2枚の複素数平面をとり、各平面上の四つの分岐点を例えば(α0,α1)、(α2,α3)のように二組に分け、線分α0α1とα2α3は交わらないものとします。そこで両平面をそれぞれこの二線分に沿って切断し、平面をもう一方の平面の真上に重ねて甲の切断線α0α1の両側をそれぞれの切断線α0α1のこれと相反する側とくっつけます。すなわち出来上がった面は線分α0α1の所で交差した形になります。裁断線α2α3についても同様のことをします。このようにして出来た面がすなわちR(z,s)に対するRiemann面です。以下簡単のためにこの面をR面と呼ぶことにします。
R面上においてR(z,s)は一価ですが、しかし通常の一価関数に関する理論をこれに適用するためにはさらに次の規約を要します。すなわち、R(z,s)の正則性や特異性について考えるときはこれを直接にzの関数として考えずに次の(1)、(2)のような補助変数tの関数として考えることにします。
(1)R面の分岐点以外の一点aにおいては、
a≠∞のときはz−a=t とおき、a=∞のときは1z=t とおく
(2)R面の分岐点αにおいては、
α≠∞のときはz−α=t2とおき、α=∞のときは1z=t2とおく
このようにしてR(z,s)をtの関数に直したときのt=0における性質を用いて原関数のz=aまたはz=αにおける性質であるとする。
例えば
s=√(z−α0)(z−α1)(z−α2)(z−α3)
のz=α0における性質を見るために、(2)によってz−α0=t2とおけば
s=t√(α0−α1+t2)(α0−α2+t2)(α0−α3+t2)
となります。ゆえにsは分岐点α0において正則です。同様の理由で、1sはα0において一位の極を有します。
このような規約の下にR(z,s)をR面上の一価関数として考えると、これに対してCauchyの定理が成立します。すなわちR(z,s)がR面上における有限面分の周C及びその内部を通じて連続でかつその内部においていたる所正則ならば、
∫(C)R(z,s)dz=0
です。
次にCの内部にR(z,s)の極または無限遠点を含む場合の積分を考えるために留数というものを定義します。すなわち一点aを中心として円Kを描き、Kの周及びその内部にはa以外に関数R(z,s)の極も無限遠点も存在しないとき、
12πi∫(K)R(z,s)dz
の値を点aにおける関数R(z,s)の留数とよびます。ただしここで積分路はKを正の方向(中心aを左側に見るような方向)に完全に一周するものとします。従ってもしaが分岐点ならばaの周りを8直角だけ回転します。
この定義と補助変数tに関する規約から直ちに次のことが言えます。
一点における関数R(z,s)の留数はR(z,s)dzdtをtの関数と考えたときのt=0における留数に等しい。例えばaを分岐点でない有限の一点とすれば、次のような形の展開式が成立する。
R(z,s)=⋯+c−2(z−a)2+c−1z−a+c0+c1(z−a)+c2(z−a)2+⋯=⋯+c−2t2+c−1t+c0+c1t+c2t2+⋯
ここでcはすべて定数です。ゆえにR(z,s)のz=aにおける留数はc−1で、これはR(z,s)dzdt=R(z,s)のt=0における留数と同一です。またaが有限の分岐点ならば
R(z,s)=⋯+c−2z−a+c−1(z−a)1/2+c0+c1(z−a)12+c2(z−a)+⋯=⋯+c−2t2+c−1t+c0+c1t+c2t2+⋯
ですが留数を求めるための積分路は点aを二周することを考えに入れると、R(z,s)の留数は2c−2となることが分かります。そうしてこれはちょうどR(z,s)dzdt=R(z,s)2tのt=0における留数に等しいです。
さてR(z,s)の極及び無限遠点は全部で有限個しかなく、その他の点ではR(z,s)の留数はいたる所で0です。よって今R面上においてすべての極及び無限遠点を内外いずれか一方の側にのみ有するような単一閉曲線を描き、これを一周する積分を考えれば容易にR(z,s)のすべての極及び無限遠点における留数の和は0に等しいことがわかります。従ってまた通常の数平面上において有理関数について証明されるのと全く同様の手続きによって次の定理を得ます。
R(z,s)は、定数でないかぎり、R面上において0及び∞の値を同じ回数だけ取る。従ってまた、任意の値も同じ回数だけ取る。
ゆえにもし定数でないR(z,s)がR面上においていたる所正則であるとすれば、∞の値をとる回数が零であるから従って他のいかなる値をとる回数もゼロになって結局何の値もとらないという不都合が生じます。よってR面上においていたる所正則なR(z,s)は定数に限ります。
通常の数平面上において一価の解析関数で極の他に特異点をもたないものは有理関数に限ります。これは関数論でよく知られた事実ですが、R面上においてもこれに似た事があります。すなわちR面上において一価な解析関数で極の他に特異点をもたないものはR(z,s)に限ります。
これらより、R面上においていたる所正則な一価解析関数は定数に限られ、これは一価関数に関してよく知られたLiouvilleの定理の拡張であるということが分かります。
参考文献
参考文献は以下の通り。
[1]竹内端三,『楕円関数論』,岩波書店,1936
出版社在庫無し、著作権消失済み。
[2]E.T. Whittaker, et al., A Course of Modern Analysis (AMS PRESS, 1927)
著作権消失済み。
[3]戸田盛和,『楕円関数入門』,日本評論社,2001
[4]戸田盛和,『臨時別冊・数理科学SGC ライブラリ49 ソリトンと物理学』,サイエンス社,2006
同出版社より電子書籍の形で復刊済み。
[5]Landau・Lifshitz,『力学』,東京図書,2017