$\def\bm#1{{\boldsymbol{#1}}}
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楕円積分の多価性
次は楕円無理関数$R\left(z,s\right)$の積分、すなわち楕円積分の関数論的性質を少し調べてみましょう。$R\left(z,s\right)$は$R$面上で一価であるけれども、これを積分して得る関数
\[
F\left(z\right)=\int_a^zR\left(z,s\right)dz \left(aは定数\right)
\]
は必ずしも$R$面上で一価ではありません。その原因の一つは$R$面上にある$R\left(z,s\right)$の極または無限遠点の中にその点における留数の$0$でないものが一般には存在するということにあります。例えば$a$から$z$にいたる二つの積分路$C$、$C’$が$R$面上において一つの単一連結面分を囲んでいるとして、その内部に$R\left(z,s\right)$の留数の$0$でない点がただ一つあってその留数を$A$とすれば、
\[
\int_{\left(C\right)}R\left(z,s\right)dz=\int_{\left(C’\right)}R\left(z,s\right)dz\pm2\pi iA
\]
となります。すなわち$F\left(z\right)$の値は$z$のみでは定められずに積分路にも関係するのです。故に$F\left(z\right)$は一価でありません。$F\left(z\right)$が多価になる第二の原因は$R$面が複雑な連結状態をもつことにあります。元来Cauchyの積分定理は単一な数平面の上で証明されたものですが、$R$面は単なる平面と違って例えばその上の任意の単一閉曲線$L$が必ずしも$R$面を二つの部分にわけないなどの性質があるため、$R$面上では(仮に$R\left(z,s\right)$のすべての点における留数がゼロであっても)必ずしも
\[
\int_{\left(L\right)}R\left(z,s\right)dz=0
\]
ではありません。故に今$C_1$、$C_2$がちょうど合わせてこのような$L$となるものとすれば、一般には
\[
\int_{\left(C_1\right)}R\left(z,s\right)dz=\int_{\left(C_2\right)}R\left(z,s\right)dz
\]
でありません。これがまた$F\left(z\right)$を多価にしている一因です。この第二の原因による多価性をさらに詳しく調べるためにまず$R$面の連結状態を精査する必要があります。
便宜上、数平面の代わりに数球面を用いることにすれば、$R$面の代わりにこのような面を得ます。すなわち二つの球面が内外に重なり両者は二つの弧$\overset{\hspace{-0.3mm}\Huge\frown}{\alpha_0\alpha_1}$及び$\overset{\hspace{-0.3mm}\Huge\frown}{\alpha_2\alpha_3}$において交差しているのです。
さて今我々は面の連結状態のみを問題としていて、形や大きさなどはどのように変えても問題が無いので、切り口を開いてこれを二個の管状のものに直してもよいことになります。
ここで両管の口をそれぞれ記号が合うようにつなぎ合わせれば浮袋のような形の曲面を得ることができます。これはもとの$R$面を一度切り離してまた前の通りにつなぎ合わせたので、連結状態においては元と変わりがないはずです。これを$\overline{R}$面と呼ぶことにします。
今$\overline{R}$面を線$B$に沿って切断し、これをまっすぐに伸ばせば円柱になります。この円柱をさらに線$A$に沿って切り開いて、これを平らに広げれば一枚の矩形を得る、これは明らかに単一連結の面分です。
さて$\overline{R}$面はこのように二線$A$、$B$に沿って切れば単一連結の面分になるので、これと同じ連結状態をもつ$R$面においても同様のことが成立しなければなりません。そうであれば$\overline{R}$面上における$A,B$に対応するものは$R$面上の曲線になります。故に$R$面を$A,B$に沿って切れば、たとえ伸ばしたり広げたりしなくてもそのままで、単一連結になっているはずです。これは直感的にはちょっと見通しが困難かも知れませんが、広げたときに$A,B$の両岸が矩形の四辺になることを考えるとちょうど矩形の四隅に当たることが分かります。このように切断線を入れて単一連結に直された面を$R’$面と呼ぶことにします。
$R’$面は単一連結で、そこではCauchyの積分定理が成立するから、$F\left(z\right)$が多価になる第二の原因は除かれたことになります。故に積分路を$R’$面内にあるようにすれば(積分路が$A$または$B$を横切らないようにすれば)$F\left(z\right)$は第一の原因すなわち$R\left(z,s\right)$の$0$でない留数の存在によってのみ多価となることが分かります。特にもし$R\left(z,s\right)$の留数がいたる所$0$ならば$F\left(z\right)$は$R’$においては一価関数となります。
しかし元来$A$、$B$の切断線は我々が便宜上設けたもので、最初に$F\left(z\right)$の積分を考えたときにはこのような制限はなくして積分路は$R$面($R’$面ではない)内を自由に走り得るものと考えていました。そこで次に起きる問題は、$a$から$z$にいたる積分$F\left(z\right)$の値を考えるのに、積分路を$R’$面内に取ったときと$R’$面の外に出る経路(すなわち$A$または$B$と交わる経路)を取ったときでどのような違いがあるかということです。
今$A$、$B$をとり、矢の方向をそれぞれの正の方向と定めます。すなわち$B$は$A$の正の方向を左から右に横切るものとし、その交点を$q$とします。なお簡単のために$R\left(z,s\right)$の留数はいたる所$0$であると仮定し、第一の原因から生じる多価性は一切考えないことにしましょう。さてそこで例えば$c$から$z$にいたる$R’$内の経路$C_1$と、一度$A$を(点$p$において)右から左に横切る経路$C_2$に対する$F\left(z\right)$の値をそれぞれ$F_1,F_2$と名付ます。
仮定により$R’$内では$F\left(z\right)$は一価であるため、$c$と$z$を$R’$内で結ぶ二つの経路$C_1,{C_1}’$に沿っての$F\left(z\right)$の値は同一になります。(球面上で考えれば$c$と$z$を固定しておいて、$C_1$を$\infty$を通して変形することによって${C_1}’$の位置に来させることが分かります。)その${C_1}’$をさらに変形して$R’$面の限界となる$A$、$B$に密着する位置まで来させたとすれば、
\begin{eqnarray*}
F_2&=&\int_{\left(C_2\right)}=\int_c^p+\int_p^z\\
F_1&=&\int_{\left(C_1\right)}=\int_{\left({C_1}’\right)}=\int_c^p+\int_p^q+\int_{\left(B\right)}+\int_q^p+\int_p^z\\
\end{eqnarray*}
ただし$\displaystyle\int_{\left(B\right)}$というのは点$q$から$B$を正の方向に一周する積分を意味しています。また$\displaystyle\int_p^q$と$\displaystyle\int_q^p$は同じ$A$に沿ってそれぞれ反対の向きに積分するのであるから互いに打ち消すことになります。よって
\[
F_1=\int_c^p+\int_{\left(B\right)}+\int_p^z=F_2+\int_{\left(B\right)}
\]
従って
\[
F_2=F_1-\int_{\left(B\right)}
\]
です。すなわち積分路が$A$を右から左に横切るときは横切らないときに比べて積分の値が$\displaystyle\int_{\left(B\right)}$だけ減ることになります。このことは上の計算で明らかな通り$A$を横切る点$p$の位置には関係しません。なお$C_1$や$C_2$を種々の形に書いて上述の理論を繰り返してみるとよい復習になると思います。
もしまた$A$を左から右に横切るときは積分の値は$\displaystyle\int_{\left(B\right)}$だけ増えることも簡単に示すことができます。また$A$の代わりに$B$を一回横切るときの積分を$F_3$とすれば、
\[
F_3=F_1\pm\int_{\left(-A\right)}
\]
です。ただし$\left(-A\right)$とは$A$を負の方向に一周する積分路を示し、また積分の前の複号は$B$を横切る向きが左から右のとき$+$、右から左のとき$-$をとるものとしています。
$A$を横切るときの$\displaystyle\int_{\left(B\right)}$の数を$A$に関する$F\left(z\right)$の周期母数といい、これを$P\left(A\right)$で表します。同様に$\displaystyle\int_{\left(-A\right)}$を$B$に関する$F\left(z\right)$の周期母数といい、これを$P\left(B\right)$で表します。すなわち
\[
P\left(A\right)=\int_{\left(B\right)}\ ,\ \ P\left(B\right)=\int_{\left(-A\right)}=-\int_{\left(A\right)}
\]
一般に積分路が$R$面上を自由に横行しその間$A$を左から右に$m_1$回、右から左に$m_2$回横切り、また$B$を左から右に$n_1$回、右から左に$n_2$回横切るとすれば、その積分の値は
\[
F_1+\left(m_1-m_2\right)P\left(A\right)+\left(n_1-n_2\right)P\left(B\right)
\]
です。以上では簡単のために$R\left(z,s\right)$の留数をすべて$0$と考えましたが、もし一般に$0$でない留数$c_1,c_2,\cdots$があって、積分路がそれらの点を正の方向にそれぞれ$\ell_1,\ell_2,\cdots$周するとすれば、積分の値にさらに
\[
2\pi i\left(\ell_1c_1+\ell_2c_2+\cdots\right)
\]
が加わることになります。
まとめ
以上をまとめると次の結果が得られます。
楕円積分$\displaystyle\int_c^zR\left(z,s\right)dz$は、$z$を$R$面上の変点とすれば、$z$の多価関数であって、その一つの値を$u$とすれば、最も一般の値は次の形によって与えられる。
\[
\int_c^zR\left(z,s\right)dz=u+mP\left(A\right)+nP\left(B\right)+2\pi i\left(\ell_1c_1+\ell_2c_2+\cdots\right)
\]
ここで$P\left(A\right),P\left(B\right)$及び$c_1,c_2,\cdots$はそれぞれ周期母数及び留数の定数、また$m,n,\ell_1,\ell_2,\cdots$は整数である。