楕円関数
前々回に議論したように第一種楕円積分u=∫zdz√φ(z)の逆関数をz=f(u)で表せば、
f(u+mP(A)+nP(B))=f(u)(m,nは整数)
の関係がある事が知られています。しかしこれを用いてただちにf(u)が二重周期関数であるとは断定出来ません。なぜならP(A)とP(B)がある同一の数の倍数であってf(u)は実は単一周期関数であるのかも知れないからです。
今、仮にf(u)が単一周期関数であるとして、その基本周期をωとすれば、R面上の一点zに対するuのすべての値は
∫zcdz√φ(z)=u+nω(nは整数)
で表されます。よって今
Φ(z)=e2πiuω
というzの関数を考えれば、これはR面上において一価です。なぜならば今zがR面上において一定ならば積分路が変わってもuがu+nωに変わるに過ぎず、2πiuωが2nπiだけ変化するに過ぎないから、Φ(z)は不変となります。そうしてuは第一種積分であるからzのいかなる値においても正則です。それならばΦ(z)はR面上で一価でいたる所正則であるから、定数でなければなりません(第5回の最後の定理)。したがってuも定数ということになります。これは今我々の考えている主張と反する結果です。
もしまたP(A),P(B)がともに0となってf(u)が無周期となれば、積分u自身がR面上で一価正則となります。したがって定数となってやはり不都合です。
これによってf(u)は確かに二重周期関数であると分かります。
注意: P(A)、P(B)のいずれか一方が0となったり、または比P(A):P(B)が実数になったりすることはありません。それは上の証明から明らかです。
今数平面上に任意の一点uをとり、これとu0+P(A)及びu0+P(B)をそれぞれ結ぶ線分を二辺とする平行四辺形を作り、これと合同な平行四辺形をその上下左右に隙間なく並べて全平面を覆ったと考えれば、f(u)は各平行四辺形内で全く同様な値の分布を示すはずです。このような平行四辺形の一つずつを周期平行四辺形といいます。特にu0=0とし、0,P(A),P(B),P(A)+P(B)を頂点とする周期平行四辺形を基本周期平行四辺形といいます。
一般に、楕円積分の逆という考えを離れて、一価解析関数で二重周期をもち、かつ無限遠点以外において有理型のもの(極以外の特異点をもたないもの)を楕円関数といいます。
我々の考えたz=f(u)は一つの楕円関数です。
sn 関数
u=∫z0dz√(1−z2)(1−k2z2)
をとり、その逆関数を
z=sn u
と名付けます。ただし被積分関数の根号の値はz=0のときに+1となる方の分枝をとるものと定めます。
三角関数の記号sinはsineの略字ですが、snは何の略字でもなくただの関数記号です。したがって読むときには文字通り「エスエヌ」と読むことにします。
この関数の性質は被積分関数に含まれるkの数に関係し、kをsn関数の母数(Modulus)といいます。母数kを明示する必要があるときには
z=sn(u,k)
と書きます。
1−k2=k‘2とおくと、このk′というものも後にしばしば使用される重要な数となります。これを補母数(complementary modulus)といいます。
特にk=0のときは、(1)は
u=∫z0dz√1−z2=sin−1z
となります。ゆえに
sn(u,0)=sinu
またk=1のときは、(1)は
u=∫z0dz1−z2=12log1+z1−z
となります。ゆえに
sn(u,1)=e2u−1e2u+1=tanhu
さてsn uの性質としてまず第一に挙げるべきものは二重周期性です。sn uが楕円関数であって、P(A)及びP(B)の整数倍の和が周期となることは今までの議論で明らかになりましたが、このP(A),P(B)の値についてさらに詳しく考えてみましょう。
第6回で証明したように、
P(A)=∫(B) , P(B)=∫(−A)
ですが、P(B)が周期ならば−P(B)もまた周期だから、今ここでは二つの積分∫(B)及び∫(A)を考えることにします。A及びBは前に述べた通り、閉曲線です。しかし積分路は被積分関数の正則な範囲内では任意に変形しても積分の値に影響がないため、今、Aの代わりに二点1,−1を結ぶ線分を二重にとることとし(−1から1に行き、また−1に帰ると考える)Bの代わりに二点−1、−1kを結ぶ線分(すなわちR面の交線)を一度はR面の一葉において一度は他葉において前と反対の方向に進むと考えた経路をとることとします。そうすれば
∫(A)=2∫1−1dz√(1−z2)(1−k2z2)=4∫10dz√(1−z2)(1−k2z2)
また
∫(B)=2∫−1−1kdz√(1−z2)(1−k2z2)=2∫1k1dz√(1−z2)(1−k2z2)
ここで
z=1√1−k‘2t2 , k‘2=1−k2
とおけば、
∫(B)=2i∫10dt√(1−t2)(1−k‘2t2)
となります。よって、二つの積分
∫10dz√(1−z2)(1−k2z2) , ∫10dz√(1−z2)(1−k‘2z2)
の値をそれぞれK、K′で表せば、
4K , 2iK′
の整数倍の和はすべてsn uの周期です。
今、原点と4K及び2iK′の点をそれぞれ結ぶ二つの線分を二辺として平行四辺形を作り、その中でsn uのとる値の分布状態を調べてみましょう。
(1)によって明らかなように、zを−zに変えればuは−uとなります。ゆえに
sn(−u)=−z=−sn u
すなわちsnは奇関数です。今この平行四辺形内の任意の一点をuとすれば、−uは図形内にはないが、これと同じu′=4K+2iK′−uは図形内にあって、uとu′はちょうど平行四辺形の中心2K+iK′に関して対称の位置にあります。そうしてこの二点においてsn u′=−sn uの関係が成立するので、平行四辺形内の値の分布を調べるには全図形の半分(例えば2Kと中心を通る直線で切断したもの)だけについて調べればよいので、これを中心の周りに180∘回転して、かつその値にすべて−1を掛ければ残りの半分の分布を得ることになります。
次は図形内のいかなる二点おいてsn uの値が等しくなるかを考えてみましょう。それには(1)においてzの同一の値にいかなるuの値が対応するかを調べればよいことになります。zの一つの値(±1,±1kを除く)にはR面上の二点が対応します。確かにR面は二枚の数平面から成るものでその各葉の上にそれぞれ与えられたzの値を代表する点があるからです。(分岐点±1,±1kだけにおいては両葉が融合して各唯一の点となっている。)今(1)の積分において、ある一葉の上の点0から同葉の点zにいたる種々の積分路に対する値を
u+4mK+2niK′(m,nは整数)
とすれば、同じ0から他葉の点zにいたる積分は
2K−u+4mK+2niK′
∫10dz√+∫01dz−√+∫z0dz−√=2∫10dz√−∫z0dz√=2K−∫z0dz√
よって前述のような値を得ることになります。
同一のzに対するuの値は以上の他にありませんが、この中で今考える平行四辺形内に入るものは二つしかありません。その一つをuとすれば他の一つはu”=2K+2iK′−uです。この二点はK+iK′に関して互いに対称の位置にあります。ゆえに結局(0,2K)及び(0,iK′)を二辺とする平行四辺形(全図形の四分の一)内の値の分布が分かれば、対称性より全平行四辺形内の模様が分かることになります。
sn u=sn u”=sn(2K+2iK′−u)=sn(2K−u) ,すなわち
sn(2K−u)=sn u
これは重要な公式です。ここでuに−uを代入し、(2)を利用すれば
sn(2K+u)=−sn u
またKの定義により
sn K=1
これとsn 0=0から、(4)により
sn 2K=0 , sn 3K=−1 , sn 4K=0
上の議論によって分かったように、sn uは一つの平行四辺形内で同じ値を二度しか取りません。ゆえにsn u零点は0,2Kの二つだけです。(4Kは0と合同であるから別に数えない。)
ではsn uの極はどこにあるのでしょうか、これを求めるには積分
U=∫∞0dz√(1−z2)(1−k2z2)
を計算しなければなりません。ここに
z=it√1−t2
の置換を行えばただちに
U=i∫10dt√(1−t2)(1−k‘2t2)=iK′
を得ます。ゆえに
sn iK′=∞
したがってまた(4)により
sn(2K+iK′)=∞
ゆえに極はiK′及び2K+iK′の二点です。
ここでついでに前の∫(B)の計算の結果を思い出してみると
∫1k1dz√(1−z2)(1−k2z2)=iK′
でした。この左辺を書き直して
∫1k0−∫10=∫1k0−K
としてみると
∫1k0dz√(1−z2)(1−k2z2)=K+iK′
ゆえに
sn(K+iK′)=1k
したがって(4)により
sn(3K+iK′)=−1k
cn, dn 関数
再び前回の(1)を書くと、
u=∫z0dz√(1−z2)(1−k2z2)
したがって
dudz=1√(1−z2)(1−k2z2)
ゆえに
ddusn u=dzdu=√(1−z2)(1−k2z2)=√(1−sn2u)(1−k2sn2u)
の結果を得ます。ここで今
√1−sn2u
の関数を考えてみましょう。これは根号を帯びているから二価関数のように見えます。分岐点の位置は、
1−sn2u=0
すなわち
u=K,3K
でなければなりません。そこで試しにu=Kを中心として(3)をTaylor級数に展開してみることにします。まず
φ(u)=1−sn2u
とおき、(2)を利用して計算すれば
φ′(u)=−2sn u√(1−sn2u)(1−k2sn2u)φ”(u)=−2{1−2(1+k2)sn2u+3k2sn4u}等
したがって
φ(K)=0, φ′(K)=0, φ”(K)=2k‘2等
ゆえに
φ(u)=k‘2(u−K)2+c4(u−K)4+⋯(c4,⋯は定数)
の形の展開式を得ます。よって
√1−sn2u=k′(u−K)√1+c4k‘2(u−K)2+⋯=±k′(u−K){1+c42k‘2(u−K)2+⋯}
すなわちこれによるとu=Kは(3)の関数の分岐点ではありません。二つの離れた分枝が偶然に共に0の値をとるに過ません。他のu=3Kの点についても全く同様の結果を得ます。ゆえに(3)は二価関数ではない、実は二つの一価関数を表すものであることが分かります。(例えば√1−sin2uが±cosuを表す。)
ここでこの関数を
√1−sn2u=cn u
とします。ただし根式の二つの値の中でu=0のときに+1となる方をとるものです。全く同様の議論により
√1−k2sn2u=dn u
もまた一価関数であることが証明できます(やはりdn 0=1とする)。cn, dnはそれぞれ「シーエヌ」、「ディーエヌ」と読みます。snと同様にこれも略字ではなく、ただの名前です。
これらの新しい関数を用いて(2)を書き直せば次の式を得ます。
ddusn u=cn u dn u
cn u、dn uを微分すれば次の結果を得ます。
dducn u=ddu√1−sn2u=−sn u cn u dn u√1−sn2u=−sn u dn uddudn u=ddu√1−k2sn2u=−k2sn u cn u dn u√1−k2sn2u=−k2sn u cn u}
(4)、(5)を反復使用すれば高次の導関数も求められます。したがってまた次のような展開式を作ることも出来ます。
sn u=u−(1+k2)u33!+(1+14k2+k4)u55!−⋯cn u=1−u22!+(1+4k2)u44!−⋯dn u=1−k2u22!+(4k2+k4)u44!−⋯
参考文献
参考文献は以下の通り。
[1]竹内端三,『楕円関数論』,岩波書店,1936
出版社在庫無し、著作権消失済み。
[2]E.T. Whittaker, et al., A Course of Modern Analysis (AMS PRESS, 1927)
著作権消失済み。
[3]戸田盛和,『楕円関数入門』,日本評論社,2001
[4]戸田盛和,『臨時別冊・数理科学SGC ライブラリ49 ソリトンと物理学』,サイエンス社,2006
同出版社より電子書籍の形で復刊済み。
[5]Landau・Lifshitz,『力学』,東京図書,2017